第402話・日本国の日常に現れたダンジョン(裏)
今回は、漫画版2話で私が新規に書き下ろしたお話とリンクしております。
両方読めば、もっと楽しめる。
『ご覧ください!! 東京湾の上空に、未知の巨大建造物が現れました!! 日本……いえ世界は、どうなってしまうのでしょうか!!』
――――西暦2025年、5月。
その日、世界は一変した。
テレビの向こうでニュースキャスターが指差しているのは、文字通り宙に浮かぶ巨大建造物。
明らかに、地球で生まれたものではなかった。
すぐさま航空自衛隊の百里基地から、F-2戦闘機が緊急発進。
物体とコンタクトを試みている。
そんなニュース映像が流れてしばらくしてから、政府は戦後初となる防衛出動を発令。
未知の構造物を『ダンジョン』と命名し、調査を自衛隊が行うこととなった。
そこまでなら自然な話だったが、なんと政府は内部調査を”生配信”すると言い出した。
なんでも中国と野党から防衛出動への非難があったらしく、それら外部の声を封殺し、自衛隊の行動の正当性を担保するのが目的らしかった。
まぁ、ロシア・ウクライナ戦争で戦場の様子を配信する試みは大成功しているので、自然な流れと言えた。
――――東京都 市ヶ谷、防衛省。
「錠前1佐、今よろしいでしょうか?」
掛けられた声に、オフィスチェアで作業をしていた錠前が振り返った。
今日は城崎群長の指示で、市ヶ谷から言伝を聞いて来てほしいと言われて来た。
きっと、これがそうなのだろうと思考。
端正な顔で、柔らかい表情を作った。
「なんだい? ひょっとして……例のダンジョン絡み?」
「えぇ、内閣からの要請で配信を行うことは存じてますよね?」
「もちろん、それと特戦になんの関係があるのかな?」
「防衛大臣からの指示で、あなたに配信小隊の監督官をしていただこうかと」
「…………」
寝耳に水とはこのことだろう。
軽い伝言のつもりで来てみれば、とんだサプライズだ。
「良いけど、確か今JTF(統合任務部隊)の編制中だったよね? Sもダンジョンの中に入る感じ?」
「いえ、統合幕僚長からはあなたは切り札と聞いているので、何か無い限りは市ヶ谷で待機してもらいます」
「ふーん」
アメリカで、米軍の師団相手に無双したのが響いているのだろう。
前線に行きたかったが、命令ならば仕方がない。
錠前が軽く了承すると、相手の佐官は続けてある事を言った。
「そうそう、たった今あなたの部下になる新海透3尉。なんでも面白い噂があるらしいですよ?」
「へぇ、どんなの?」
期待感など全く無い声で返す。
この8年、強いヤツにはいくらでも会ったが……ただ強いだけだった。
どれも良くて10年に1人クラス。
その部下とやらも、どうせ中隊で過大評価されているだけだろうと思い――――
「なんでも、”やたら勘が良い”とか……。FTCであの評価支援隊の2個中隊を単独で半壊させたそうです」
そんな錠前の心臓が軋んだ。
他人に興味を抱くことなど滅多に無い彼だが、こればかりは無視できなかった。
「その新海3尉? 今どこにいるの?」
立ち上がりながら聞く錠前に、佐官は機嫌よく答えた。
「練馬の第1師団所属なんですが、今回の件で市ヶ谷に来てます。さっき見た時は食堂で同僚とカレー食べてましたね」
「わかった、ありがとう」
PCを落として、すぐさま向かう。
錠前の心には、久しく興奮と期待が満ちていた。
特殊作戦群に入って数年、ここまで感情が昂ったのはいつ以来だろう。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
そんな想いで通路を歩いていると、食堂の前でうなだれる1人の自衛官が視界に入った。
適度に伸びた黒髪に、穏やかそうな雰囲気の彼は……トボトボと歩いている。
「さて、どうかな?」
背後で手刀の構えを取る。
錠前は8年ぶりに、攻撃の気配を完璧に消す技能を使用した。
精度は全く落ちておらず、学生時代の”あの時”と同じかそれ以上。
この不意打ちを避けられる人間など、この世にいない。
「ッ…………!!」
はずだった。
殺気も敵意も消し去った手刀を、その自衛官は最低限の動作で避けたのだ。
「…………? なんですか?」
振り向いた陸上自衛官――――新海透は、訝し気な黒目で錠前を見た。
錠前の疑念が確信に変わる。
あの日、あの時と全く同じ。
しかも精度だけ見ても、確実にロマノフより上。
間違いない、これが、この人間こそが…………!
「いやー、虫が付いてたもんで……親切心で払ってあげようかと。それより、君が新海3尉だね?」
「そうですけど、あなたは?」
そこまで言って、階級章がようやく目に入ったのだろう。
透は自衛官のできる最速のスピードで、敬礼を行った。
「し、失礼しました……! まさか1等陸佐だったとは」
「良いよいいよ、気にしないで。あと今日から君の上官になるって聞いた?」
「一応は……、錠前勉1佐ですよね? 配信小隊の監督官っていう…………」
「そそっ! これからよろしく~」
これほど軽いノリの佐官は、初めてだったのだろう。
未だ困惑気味の透に、錠前は穏やかな顔を向けてから、踵を返した。
「君には期待してるから、配信なんて初めてで大変だろうけど……頼んだよ? 新海」
「はい、頑張ります」
「お固いなー、それに表情暗すぎ。もっと自己肯定感は高めで行きな?」
その場を歩き去りながら、錠前は一番言いたかったことを最後に残す。
「強くなってよ、”僕”を止められるくらいに――――」
「え…………?」
今は疑念だけで良い。
その答えを知るのは、もっと後だろうから。
錠前は部屋に帰ろうとして。
「そうだ、広報やるなら…………うってつけの自衛官がいたな」
悪い笑みを浮かべた錠前は、PCをつけるとすぐさまメールを書いた。
宛先は――――”兵庫地方協力本部”。




