第401話・未来へ向けて
――――卒業式後。
防衛大では名物とされる、最後に帽子を投げて外に走り出す恒例イベント。
そんなめでたい門出に、錠前は出席していなかった。
本当なら、今ここにいない親友と一緒に過ごすはずだった時間。
「なんだ、ここにいたのか」
屋外の階段で座りながら、どこか遠くを見つめる彼を、四条が見つけた。
隣まで歩くと、彼はすぐに次の言葉を吐き出した。
「止められなくてすまなかった……、俺がもっと早く2人の気持ちに気づけていれば、こんな最悪の事態は防げたかもしれない」
真島と秋山の喪失は、自衛隊にとってかなりの痛手だった。
期待していた中央幕僚からすれば、それだけ手を掛けた学生が任官拒否など……まさに憤死ものだろう。
四条の任務は、半分以上失敗したと言って良い。
だが、特殊作戦群へ挑戦するという事は、それら損失や倫理観が十分許容されるレベルのもの。
日本最強の部隊へは、並みの精神で入ることなどできない。
本来ならもっと感情的な返しをしても良い場面だが、錠前は夕陽を見つめながら静かに呟く。
「四条先生のせいじゃないっすよ、先生は俺らのためにずっと一生懸命だったじゃないですか」
「……意外だな、お前からそんな言葉が聞けるとは。あの問題児が嘘のようだ」
「一応恩は感じてるので…………けどね先生、俺だけ特別じゃダメみたいっす」
錠前の見つめる夕陽は、どこか儚く……これまでの思い出を振り返るようだった。
「あのロマノフとかいうロシア人が俺に負けたのは、多分……信頼できる”仲間”がいなかったからかなって思う」
「仲間?」
「もし、俺が瀕死になったあの時に……もし仲間がいたら、その時点で詰んでた。同じように、俺もいつか…………似たような状況になるんじゃないかって」
「――――もうお前とは今日で別れるからな、この際ハッキリ言っておこう」
そう前置いた四条は、立ったまま続けた。
「お前は最強だ、そんなお前に比肩する人間を探すとなると……100年あっても足りんだろう。その上で聞く、本当に特戦へ行くのか?」
自らの手を見つめる錠前。
余った2枚の切符を心にしまいながら、自分の分を強く握った。
「当然行きますよ……。そもそも先生、俺もやっと目的が見つかったんです」
「目的?」
「こんな結末に至った経緯は、元を辿れば芋づる式だ……。アイツの情報がわかっていたなら、久里浜さんが拉致されなければ、そもそも城崎とかいう隊員がスカウトに来なければ。でもね……答えはもっと根っこにあるんすよ」
声が段々と低くなる。
「日本人の命や土地を狙う国があるから、俺たちは戦い続けないといけない……。じゃあ――――」
それは決して踏み込んではいけない禁忌。
錠前勉という男が、真に至ってしまった答え。
「日本の敵を――――俺が殲滅し続ければ、もうこんな悲劇は生まれない」
四条は気のせいだと言い聞かせ続けた。
振り向いてきた錠前の眼が、僅かに”紅く”瞬いていたことを。
◇
同じ頃、横浜市内のある一軒家で少女がスマートフォンを弄っていた。
その自室は、とても11歳の女の子とは思えないほどに”銃”で満ちていた。
チープな10歳以上用のものばかりだが、壁やガンラックにあらゆる銃が飾ってある。
「やっぱり……、自衛隊はあんなライフル採用してないわね」
部屋の主である久里浜千華は、長い茶髪を揺らしながら画面をタップ。
ウェブサイトで、防衛省が公表している備品購入リストのPDFを眺めていた。
「89式小銃と64式小銃、でもわたしを助けてくれたお兄さんは……記憶が正しければ間違いなくM4を持ってた。自衛隊員って言ってたし、嘘じゃないと思うんだけど」
彼女はあのミッションで助けられて以降、ひたすらに銃や自衛隊について調べていた。
あまりに熱心に調べるので、家族はもちろん、付き合っている恋人にも心配されている。
しかし、本人は全く気にしていない。
「はぁ~! あの銃のカスタムかっこよかったなぁ、わたしも自衛隊に入ったら同じ銃使おうと思ったのに……なんで検索で出てこないんだろ」
お目当てのデータが無かったので、翌年のPDFをダウンロード。
陸上自衛隊の備品購入リストを、また漁っていく。
すると、不可解な文字が目に入った。
「特殊小銃B…………? なにこれ」
明らかに異質な存在を放つ文字。
正式採用銃なら、ちゃんと名前で書いてあるはずだ。
なのにこれは、弾薬も含めて正体が隠されている。
不審に思った彼女は、それをコピペして検索。
すると、ある1つの部隊名が出てきた。
「”特殊作戦群”……?」
どうやら、これが探し求めていた答えらしかった。
外国で言う特殊部隊であり、ネットによれば一般部隊と違うライフルを使うらしかった。
彼女の中で、点と点が繋がる。
「ここに入れば……、あのカッコいい銃が使えるのね? ならっ!!」
すぐさま彼女は、1枚の画用紙を用意。
太いマジックの蓋を取ると、勢いよく殴り書き。
「よしっ! できたわ!!」
紙には大きく、【目指せ!! 特殊作戦群!!】と書かれていた。
「待ってなさい自衛隊!! 誰よりも強くなって、必ず特殊作戦群に入ってやるんだから!!!」
幼き久里浜が、進路を決定した瞬間だった。
各々が自らの道を進み始め、やがて――――8年の月日が流れた。




