第400話・決別
告知を除いたら、本話でちょうど400話。
――――1年後。
無事退院を果たした錠前、真島、秋山はとてつもない速さで遅れていたカリキュラムを取り戻した。
最初こそ、怪我につけこんでリベンジを果たそうとした上級生もいたが、やはりあえなく敗北。
3人は相変わらず、防大において台風の目だった。
少なくとも、錠前自身はそう思っていた…………。
「おい、あの錠前さんとかいう上級生、聞いたかよ…………」
「あぁ、棒倒し競技で1学年をたった1人で抑え込んで優勝したってよ」
「化け物だな……、もう勝てるやつなんていないだろ」
「俺、なんか自信無くなってきちゃったなー。自衛隊入ってもアイツと比べられるんだろ? だったら民間で気楽にいきたいよなー」
その年の任官拒否者は多かった。
例年に比べ、なんと平均で3倍もの人数が自衛隊への道を諦めたのだ。
いずれも優秀かつ、秀でた才を持つ学生。
だが、錠前勉という圧倒的な存在の前では、等しく同じ感想を抱くのみ。
――――もうアイツ1人で良くないか?――――
去って行った者たちは、みな同じことを言った。
この事態を受け、3か月の予定だった四条の赴任は、錠前たちが無事防大を卒業するまで延長された。
問題児3人は、いつも通りに日常を過ごし…………やがて4年生へと昇級。
「聞いてくれよ雄二! 美咲! 今日もラグビーの試合で自己記録更新したんだ、舐めてた後輩連中もこれで少しは言う事聞くだろ」
「そうか……、さすがだな」
「へー…………」
四条の努力が実ったこともあり、この頃には少し3人にも落ち着きが見られていた。
しかし、その落ち着きは決して指導だけが理由ではない。
「……」
「……」
卒業までいよいよ24時間を切ったあたり。
真島と秋山は、それぞれに紙を1枚持っていた。
そこには、これまで残した成績の全てが記されている。
2人はうつむいたまま、朝焼けの窓の前で呟く。
「結局、無理だったな…………」
「まっ、頑張ったんじゃない? 凡人にしては…………」
「荷物はまとめたか?」
「うん、四条先生にはさっき話したし…………もう発っても濁りは無いよ」
「そうか…………」
その言葉を最後に、2人は教室を後にした。
――――あえて言うなら……、もう2人がここへ戻ってくることは無かった。
「は…………?」
それは、彼にとっては突然だった。
待ち侘びた卒業式をしに行く途中だった錠前は、悔しさに滲んだ顔をした四条の前で、思わず声を出す。
眼前の恩師は、目を逸らしながら続けた。
「言った通りだ。真島と秋山は”任官拒否”で自衛隊には行かない」
「聞こえてましたよ!! ……その上で聞いてるんです! アイツら昨日まで普通だったじゃないっすか!! なんでそんな、いきなり――――」
「錠前ッ」
初めて取り乱した姿を見せる彼に、四条も顔を歪ませた。
「これが2人の選択だ、受け入れろ」
「ッ…………!!!!!」
「おい!! どこへ行く!! 卒業式はすぐだぞ!!!」
錠前は無我夢中で走った。
そんなわけはない、あって良いはずがない。
昨日までいつもと変わらなかった、これは質の悪い嘘に決まってる。
本人たちに会えば、また前と変わらない笑い方でからかってくるに違いない。
そんな想いで走って、
「ハァッ! ハァッ!!」
走って、
「ハァッ…………!!」
走って。
「…………どこ行くんだよ」
校門の前、任官拒否した者を迎えるバスに近づいていく真島と秋山を、錠前は見つけた。
否定したかった現実が、白昼夢のような明瞭さで襲ってくる。
振り返った真島が、いつもと変わらない顔で返した。
「四条先生から聞いただろ? それが全てだ」
「だからって…………! 任官拒否なんかしてんじゃねえよ、一緒に自衛隊行くって話してたじゃねえか!!」
彼の端正な顔が、たちまち怒りと疑問で歪んでいった。
否定したかった、否定してほしかった。
だが、秋山はスーツケースを手にしたまま答える。
「任官拒否を悪く言うのやめな、別に選択肢として存在してるんだし。お金だって一応返す予定だから」
「金の問題じゃねえ!! 憧れてた特戦の切符があるのに、なんでやめるんだって聞いてんだよ!!!」
錠前勉がここまで取り乱したのは、人生で初めてのことだった。
それほどまでに、親友たちの突然の任官拒否は、彼にとって受け入れがたいものだったのだ。
しかし、現実は今まで強さによって青春を謳歌していた彼を、非情なまでに突き放していく。
「その切符は勉、お前だけのものだからだ」
「はぁ? 意味わかんねえよ…………! 3人で一緒に戦ったじゃねーか!」
「そう思ってるのは、錠前君だけだよ」
棒付きキャンディーを咥えながら、秋山は冷たい目で言い放った。
「わたし達は錠前君の”付属品”に過ぎない、あの任務以降……それが痛いほどわかった。ずっと対等だと勘違いしてたのを、あのロシア人が幻想だって教えてくれた」
「対等だろうが!! 俺とお前らに壁なんざねーだろ!!!」
「傲慢だな」
必至に叫ぶ錠前の言葉を、真島は切って捨てた。
「特戦が欲してるのは”最強”。つまり錠前勉――――お前だ、お前が最強だからあの任務が受けられた、錠前勉という存在が最強だから、あの任務をクリアできたんだ」
「ッ…………」
「俺たちはお前についていけない、結論はそれだけだ」
バスへ向かおうとする2人に、錠前は歯を食いしばりながら隠していた”拳銃”を向けた。
特戦のミッションは防衛機密、その情報を知った者をタダで在野に放すわけにはいかない。
この拳銃は、あのミッションの時に渡されたG17。
弾はあと”2発”。
照準を震えた手で定めるが、2人は意にも介さずバスへ歩き続けた。
「殺したいなら殺せ、勉は悪くない」
「そうだよ、君が決めな。どっちみち――――もう二度と会うことも無いだろうからね」
セーフティは無い、薬室に初弾は込めた。
照準はこの距離で外すわけもなく、後はトリガーを引くだけ。
「ッ……!! ぅ!!」
指が震える。
力が全く入らない、目が動揺で揺れ続ける。
軽いトリガーセーフティすら、今の彼には押し殺すことができない。
「…………っ」
照準器の先で、2人がバスに乗り込んでいった。
銃を下ろした錠前は、どこか虚ろな目で真上を見上げた。
バスの発車音が響くそこは、皮肉なことに――――あのミッションの時と同じ青空だった。
この日、錠前勉は防衛大学を無事に卒業。
しかし、あの日々にはもう二度と戻れないと……彼は悟った。




