第399話・四条先生
「おや、これは四条先生。はるばる習志野駐屯地までなんの御用でしょうか?」
――――陸上自衛隊 習志野駐屯地。
名義上は第3施設管理小隊となっているこの部屋は、特殊作戦群の所有する一室。
地下に繋がる隠し階段がある以外は、普通の応接室と変わりない。
そんな部屋へ、迷彩服姿の四条が入った。
迎え入れた城崎は、笑顔でソファーに案内する。
「まぁお茶でもいかがです? 生憎と中隊長はシリア方面へ派遣されておりまして。私が応対を――――」
――――ドンッッッ――――!!!!!!
古い官舎を、四条の拳が震わせた。
見れば、彼の降ろした手は机をほぼ叩き割っていた。
強面の様相に、血管が浮き出る。
「とぼけるなよ城崎2尉、お前だな…………? 先のスカウトミッションで、錠前たちの情報をロシア側へ流出させたのは」
四条3佐は、今にも眼前の特戦隊員を襲ってもおかしくない程に激昂していた。
その様子を見て、城崎も隠すことは諦めた。
「えぇ、貴方がどこでどうやって知り得たかわかりませんが……確かに彼ら3名の情報を意図的に流出させました」
「真意を聞こう、もし俺の納得いく答えが得られなければ――――小僧。貴様は今日ここで死ぬと覚悟しろ」
四条は本気だった。
彼からすれば、城崎はいきなり押しかけて来た挙句に、命より大事な教え子たちを死へいざなった元凶の1人。
錠前、真島、秋山はミッションを見事にクリアしたが、代わりに全治2か月の重傷を負った。
”市ヶ谷からの特命”で問題児3人を預かっていた四条は、そんな状況が意図して作られた事実に憤慨していた。
「簡単な話です。特殊戦にはイレギュラーがつきもの、事前情報通りに事が進む方が稀だ」
衝撃で机から落ちたカップを拾いながら、城崎は続けた。
「彼らには……我々が相手をする敵がどのようなものか、知って欲しかったんです。まぁ……ロシアの誇る”最強殺し”がいたのは想定外でしたが」
「最強殺し?」
「特戦では各国の名の知れた実力者を記録、警戒しています。その中でも世界で3人しかいない”特級”に分類される軍人、その1人が彼らの交戦したロマノフ少佐です」
等級は戦闘能力を総合的に見て、判断される。
もしこの場の2人に等級を付けるなら、城崎が2級、四条が1級と言ったところだろう。
そして特級とは、それら区分とは遥かにかけ離れた存在。
いわば、国土侵入が探知された時点で国家が警戒態勢に入るレベルの人間。
「ロシア連邦スペツナズ所属、ロマノフ少佐。中華人民共和国 国家安全部所属、陳少佐。アメリカ合衆国陸軍デルタフォース所属、カーティス中佐。これが特戦の天敵とも言える特級軍人――――彼らが相対したのは、我々ですら手こずるスペシャリストでした」
「なぜ、そんな敵とまだ学生の彼らを戦わせた」
「引き合わせは偶然です、しかし彼らは勝った……。約束通り、防大と幹部候補生学校を卒業後は特戦への直通ルートをご用意します」
「つまり、情報漏洩は試験の意味で意図的だったが……相手が想定外だったと?」
「はい。もし事前にロマノフの存在が確認されていたなら、中東に派遣中の第1中隊が即刻帰国するレベルです。そんな相手に、貴方の教え子は勝った……教師として誇るべきでは?」
瞬間だった。
四条は立ち上がり、半壊していた机を蹴り砕いた。
「ふざけるのも大概にしろ……! 小僧。誇るべきだと? 寝言を喋るんじゃない! たとえ問題児でもアイツらは俺の大事な生徒だ!! 手違いで教え子が殺されかけましたが勝ったと言われ、黙って納得するバカがいると思うか?」
「部下……いえ、生徒想い…………噂通りのお方だ」
「俺も同じ感想だよ、やはり貴様ら特戦はイカレてる。これが同じ自衛官とは到底思えん」
「イカレている……か。そうでなければ、国家は守れない。四条先生なら意味がお判りになるはずですよ?」
「ッ…………」
城崎は大まじめだ、正気の狂気で事を話している。
これ以上話しても、議論は平行線と判断。
四条は、扉へ向かいながら最後に言い残す。
「そこまで自負しているのなら、次は少女の拉致など許さず――――ちゃんと国民を守ってくれよ。さもなくば、今度こそ貴様らを俺が殺す」
「もちろんです、お約束しましょう」
城崎小隊長は、あくまで笑顔のまま四条を見送った。




