第397話・崩れ落ちる矜恃
––––バギィッッ––––!!!!
走りながら距離を一気に詰めた真島が、鉄球のような打撃をロマノフへ叩きつけた。
並の軍人なら、骨ごと砕ける一撃だが……。
「ほう、想定以上に重たい」
「ッ!」
足裏を砕けた地面に押し付けながら、ロマノフは左腕でガードしていた。
完全に仕留めるつもりで攻撃した真島だが、相手は全くダメージを受けていない。
やはり、こいつ…………!
「美咲!!」
真島が叫ぶと同時に、死角へ入り込んでいた秋山が奇襲。
コンバットナイフを逆手に持ち、首目掛けて思い切り振るが――――
「後ろ」
「ッ!!」
秋山の一撃は空を切る。
首を最小限動かしたロマノフは、危機察知能力で背後の秋山を探知。
攻撃を簡単にかわして見せた。
「まぁそう慌てないで、ゆっくり行きましょうよ」
またも一旦距離を取ったロマノフは、アスファルトの上をゆっくりと歩く。
真島と秋山も、それに合わせるように……殺意を見せながら様子を伺った。
「さっき錠前勉には話しましたが、私には”危機察知能力”というものが備わっています。端的に言うと――――視界外の脅威を事前に探知できるのです」
「…………」
そう言ったロマノフは、自身のナイフを持つ手を眺めた。
「人間からはあらゆるものが滲み出ます。殺意、敵意、害意。醜く見るに堪えないそれらを――――私は敏感に感じ取ることができる。いや……できてしまう」
彼は続ける。
幼少期から、この能力のおかげで喧嘩は負けなしだったこと。
ロシア軍に入った頃から、一層鋭くなったこと。
「まぁ苦労もしましたよ、感じ取りたくないことまで受け取ってしまうのですから。その点では、あなた達”凡人”が羨ましい」
長々とした自分語りに、ウンザリした顔で真島が口を挟む。
「そんなことはどうでも良い、俺が知りたいのは1つ……お前の目的はなんだ? もはや久里浜さんの拉致は不可能、目的は失敗に終わったはずだ」
そう、ロシア部隊の本来の目的は久里浜千華だったはず。
だが既に彼女が特戦の保護下に入った今、勝ったのは自分たちだ。
真島は確信を胸に込めていたが――――
「あぁ、彼女はもうどうでも良いのです」
「「ッ!!」」
アッサリ出た答えに、2人は眉を動かした。
「まぁそりゃ驚くか。一応教えてあげますけどね、我々の目的はあんないつでも殺せる少女じゃない……真の殺害対象は”錠前勉”です」
「錠前くんが標的? もうちょっと順序立てて教えてくんない?」
「そうですね……、ロシアでは芽は早い内に摘むのが理想と言われているんです。錠前勉の噂はモスクワでも流れてましてね、防大最強と名高い彼を若い内に殺しておきたかった。彼はいずれ、ロシアの脅威となったでしょうから」
この言葉に、真島は額に血管を浮かべながら返した。
「じゃあ……、お前らが殺しかけた久里浜さんのお母さんはなんだったんだ?」
「あー……、アレは錠前勉をおびき出すための餌ですよ。別に死んでも生きてもどっちでも良い」
薄く笑うロマノフを見て、真島は全身の筋肉を戦闘状態に。
怒りと侮蔑を込めて、口開いた。
「わかった。やっぱお前は――――死ね」
同時だった。
真島が飛び出すのと、秋山が回り込んで挟撃を狙う。
「いたっ……」
全力の飛び膝蹴りを、真島はロマノフへお見舞いする。
やはりガードされたが、想定内。
「事前に探知されるなら――――」
「ッ!」
打撃の命中を諦めた真島は、ロマノフへ組み付いた。
両手をガッチリ拘束し、身動きを封じる。
「当てられないなら、必中にするまでですか……私を拘束して、その間に――――」
既に至近距離まで接近していた秋山が、ナイフを振りかぶった。
「ナイフ使いの彼女が仕留める、まぁ悪くない判断ですが」
直後だった。
ロマノフは持っていたナイフを反対に向けると、底部のスイッチを押した。
「いっづ!!!」
真島の脇腹に、CO2ガスで射出されたナイフが突き刺さった。
拘束が緩んだのを見逃さず、ロマノフは神速で刺さっていたナイフを引き抜き、凄まじい速さで斬撃を叩き込んだ。
屈強な肉体を服の上から十字に切り裂き、大量の血が噴き出る。
「真島くん!!」
「人の心配をしている場合じゃないでしょう」
ロマノフは真島を蹴り飛ばすと、返す刀で秋山を迎撃。
これも危機察知能力で彼女の乱舞を避けると、渾身の右ストレートを秋山の下腹部へ打ち込んだ。
「おえっ……!」
ハンマーで殴打されたような威力に、たまらず嘔吐。
ロマノフは彼女の胸を殴りつけると、さらに腹部へ集中的に拳を乱打。
トドメに、コンクリートも粉砕する回し蹴りをお見舞いした。
「がっは…………!!」
電柱に背中から激突した秋山は、そのまま座り込む形で脱力。
血混じりの胃液を、虚ろな目で口から垂らした。
「錠前勉の付属品……、烏合でしたね。おっと」
腕時計を見たロマノフは、もうじきこのエリアの封鎖が解かれる時間を確認。
撤収の準備を進めた。
真島は出血で意識を失い、秋山もダメージと窒息で気絶してしまっていた。
その上で、ロマノフ少佐は優しく呟いた。
「あなた達は生かしといてあげます、日本政府への脅しも込めて。自分より強い人間がこの世にいることを――――長生きしたいなら忘れないことです」
封鎖エリアの外に向かって歩き出すロマノフ。
だが、彼はそこですぐに足を止めた。
「…………は?」
思わず声が出る。
夕陽を背景に、正面に1人の男が立っていたのだ。
それは、さっき手ずから葬ったはずの”最強”――――
「よう」
服を血まみれにした、ご機嫌そうな錠前の姿がそこにはあった。




