第393話・錠前勉VSスペツナズ
「いやー、あの場にいなくて良かったよかった。危うくフラグ発言で雄二に切れられるところだった」
全く悪気の無い声で、錠前は歩きながら一言。
通話で30人以上などと言っていたが、あの2人なら楽勝だろうと確信。
それよりも、眼前の目標が大事だと頭を切り替えた。
「さすが特戦、良いもの持ってんじゃん」
路地裏でガンケースを開けると、中には最新のアサルトライフルが入っていた。
5.56ミリ高速ライフル弾を放つ、M4の最新バージョン。
『MK18 MOD 1』だった。
錠前はそれを素早くスリングで体に繋ぎ止めると、同じく装着したホルスターにG17自動拳銃を収納。
マガジンを差し込むと、チャージングハンドルを引いて初弾装填。
しっかり薬室に入ったことを確認してから、ボルトフォワード・アシストを2回クリック。
アルミ製のダストカバーを閉めた。
この間、なんと15秒。
まるで数十年扱って来たかのような手さばきは、彼の持つ天性の才能。
自衛隊史上”最強”の男が故の動き。
「情報だと12階か……、雄二と美咲が嵌められたってことは、当然このホテルはロシア部隊によって要塞になってるわけだ」
見上げた先には、どこにでもあるようなビジネスホテル。
周囲に不自然なほど人影が無いのは、既に警察が”熊出没”の偽情報で一帯を封鎖したからだ。
大口を開けて待ち構えるホテルのロビーは、入れば間違いなく蜂の巣。
予想だが、機関銃をフロントにいくつも配置しているのだろう。
近くの屋上から窓を割ることも考えたが、ロシアの練度を見るなら全ての低層階にブービートラップがあると思って良い。
部屋に突入した途端、インパクト・グレネードでドカン。
ならばどうするか――――
「よっし、アレで行くか。弁償は政府がいくらでもするだろ」
錠前は凄まじい速度で近くにあったトラックに近寄ると、銃のストックでサイドガラスを粉砕。
扉を開けると、貰ったバッグに入っていた万能ピッキングツールでエンジンを起動。
ちょうど座席にあった大きめのクッションを下に挟み込み、
「じゃ、火蓋はこっちから切らせてもらおう」
サイドブレーキを解除。
アクセル全開で、無人のトラックをホテルのフロントへ突っ込ませた。
バカみたいな衝撃音と共に入って来たトラックに、フロントで待ち伏せしていたロシア兵は思わず驚愕する。
「なんだ!! ――――ギャッ!!」
正面の数名が、トラックと壁の間で挟まれて即死。
あまりに常識外の出来事に困惑した隙を突いて、錠前は一気に走り込む。
「構えろ!! 例の非正規兵だ!! 撃ち殺せ!!」
近くにいた小隊が、AKとPKM機関銃を向けるが――――
「あっはっは!! 良い装備持ってんじゃん!!!」
嬉しそうに叫んだ錠前は、地面を蹴って大きくジャンプ。
なんと白兵戦に持ち込んだ。
「なにを……! ぐはっ!!」
「こいつ!! 動きが尋常じゃない!!」
錠前の戦闘は異次元のそれだった。
アサルトライフルを近接武器として使用し、ストックで相手の武器を弾いたところをセミオートで射殺。
殺した相手の身体を掴むと、反対側から撃ってきた敵の弾避けに使用した。
そのまま銃弾を防ぎ切り、山勘の照準で敵をヘッドショットしていく。
「弾がもったいないからねぇ、借りるよ」
肉盾を捨てると同時、床に落ちていたAK-74Mを拝借。
コッキングレバーを高速で往復させ、不良弾のケアをしつつ走りながら仕留めていく。
「こちらフロント! 尋常じゃない動きの敵に襲われている!! 撤退だ、防衛線を3階まで上げるぞ!!」
既に15人を失ったスペツナズが、迅速に退却していくのと同じ頃――――
「ん? 侵入者?」
ホテルの12階にある広い一室で、老練な様相の男が振り向いた。
「はっ! ロマノフ少佐。相手は1人、ですが恐ろしく強く……フロントの兵では歯が立っていません」
ロマノフと呼ばれた兵士は、全身をスーツで固め、その白髪をポリポリとかく。
「あー、多分君らじゃ相手にならないだろうから。適当に屋上まで逃げといて」
「しかし! それでは日本の思うがまま。この少女も奪われます」
伝令が見た先には、椅子に縛り付けられた小学生の女子。
「むっ…………、んん!」
口に太いロープを咥えさせられ、完全に拘束された状態のこの少女こそ、今回の救出対象。
久里浜千華だった。
彼女の視線の先で、ロマノフは薄く笑った。
「相手は防大最強の男でしょ? 正面からやったって勝てるわけないんだから、どうせこの子も大した情報持ってないし。将来脅威になるとも思えない…………モスクワに尋問しときました~的な報告しときゃ良いじゃん?」
「そんな適当な…………!」
「適当って言うけど君…………」
ロマノフの細い目が、暗く据わる。
「このままやったら死ぬよ、ザイツェフ曹長。目的変更、錠前勉に少女は明け渡す……良いね?」
「し、……失礼しました。兵を率いて屋上まで撤退します」
「うんうん結構、それでよろしくー」
手を振り、笑顔でザイツェフを見送った。
銃声がとてつもない速度で近づいてくる。
怯える久里浜の方を向いたロマノフは――――
「じゃあ、始めようか……”最強殺し”」
彼女の正面で、鋭利なナイフを抜いた。




