第391話・少女救出任務
「こんな普通の子どもに、あのロシア……それもスペツナズが? 一体どういう状況なんです?」
困惑を隠せない真島に、城崎は説明を続けた。
「彼女の名は”久里浜千華“、横浜の学校に通う小学4年生だ。どこにでもいる普通の女の子だよ」
久里浜と呼ばれた少女は、茶髪をポニーテールにした幼いながらも凛々しい風貌をしていた。
どこかの運動部にでもいそうな彼女に、秋山が疑問符を浮かべる。
「画質が荒くてちょっとわかり辛いけど……、雰囲気とは正反対に結構良いトリートメントやヘアオイル使ってるね」
「は? 美咲この画像でそんなんわかるの?」
「一応ね、多分有名な某社の高いヤツかなー……。お嬢様学校の子が好んで使うメーカーだよ。もしかして外交官のご令嬢さんだったり?」
秋山の言葉に、城崎は早速感心した。
「その通りだ……。いやはや、早速驚かされたよ。おかげで説明が手早くできる」
別のフォルダが開かれる。
そこには、彼女の家族を写したらしい写真と、経歴が映っていた。
「君の言う通り、久里浜さんのお父上は外務省の外交官だ。現在は東欧を担当している」
3人が見る限り、確かに外交官だが特筆すべき部分が無い。
疑問符を浮かべていると、さらに詳細がクリックされた。
「問題なのは父親じゃなくて、母親なんだ」
「母親?」
「あぁ、1週間前…………彼女の母親が偶然、ダークウェブで流出していたロシア国防省の機密データにアクセスしてしまった」
いわく、久里浜の母は秘匿通信アプリを使って一般のサイトが並ぶサーフェスウェブではなく、非合法な取引が行われるダークウェブに潜るのが趣味だったとか。
一見そのような名前から危険な感覚がするが、ダークウェブも言ってしまえばその程度の対策で入れてしまう空間。
本当にヤバい情報が流れるのなんてごく稀で、実際は買い物さえしなければそこまで注意する部分も無い。
その説明を聞いて、真島が真っ先に口開いた。
「……さてはそのお母さん、閲覧じゃなくて、実際に情報を買いましたね?」
「鋭いな、なぜそう思う?」
「ダークウェブもサーフェスウェブも、個人情報を抜く手段は基本一緒です。詐欺のサイトに誘導するか、実際に取引を行ってカード情報を抜いて、そこから電話番号などの個人情報にアクセスする。秘匿アプリも万能じゃない、実際にこうして大事になっているなら……情報は既に抜かれていると見ます」
「良い分析力だ、君は警察に向いているんじゃないか?」
「まさか、自分の目標は特戦です。警察なんて行きませんよ」
首を振る真島に、城崎は少し含んだ笑みを見せてから本題に戻した。
「そんなわけで、久里浜お母様はダークウェブで買い物をしてしまった。商品説明は”裏情報”とだけ書かれた……まぁ福袋的なヤツで、何が入っているかわからないプレゼントボックス。陰謀論系動画投稿者がネタにする程度のもの……そのはずだった」
「だが実際は、どっかの誰かがロシア国防省から抜いてきた生データだったと」
「その通りだ錠前くん、これに気づいたロシアのサイバー部隊が購入履歴から久里浜家を特定。先日、お母さまは襲撃されて心肺停止状態になってしまった」
「「「っ……!」」」
他国による、民間人の暗殺。
錠前からすれば、これ以上に不愉快な話は無かった。
「お父上はなんとか保護が間に合ったんだが、当時下校中だった千華さんは拉致されてしまったことを確認した。おそらく、情報が渡ってないか尋問するんだろう」
「小学生を尋問…………それ、居場所わかってるんすか?」
「もちろんだ。そこで今回の話になる」
改めて姿勢を正した城崎が、ガンケースのチャックを開けた。
「敵は久里浜さんを横浜市内の高層ホテルに監禁している。政府は秘密裏の救出作戦を下令したが、ここで問題が起きたんだ」
城崎が続ける。
「現在、国際社会は”イスラム国”と対テロ戦争の真っ最中だ。連中はイラクのモスル、シリアのラッカを制圧し、その勢力を拡大しているのは知っているね?」
『ISIS』、またの名をイスラム国。
2010年代に全世界へ宣戦布告したこの組織は、大国間の戦争から対テロ紛争へ戦いがシフトしたことを象徴している。
もう国家間で戦争など、起こる時代ではないのだ。
それをいち早く察したロシア軍は、既に対テロドクトリンへ部隊を再編している。
このことが、どうも今回の原因であるらしかった。
「それで?」
「特戦の戦闘部隊である第1中隊と第2中隊が、間の悪いことにその影響で中東へ極秘裏に大規模派遣されている。結論から言って、久里浜さんを助ける戦力が足りないんだ」
まして相手はあのロシア連邦だ。
世界屈指の軍事大国であり、敵う国はアメリカくらいなもの。
そんな超大国を相手するとなれば、かなりの犠牲を覚悟しなければならない。
「そこで内閣から要請が来てね。非正規の人間にこの救出任務を託し、特戦は守りに徹しろと」
つまり、政府はロシア相手に引いてしまったのだ。
自衛隊を直接出せば、あのロシアと戦争になるかもしれない。
「だから、俺らに頼みに来たってことっすか」
「そうなるな」
ガンケースから銃が取り出された。
レプリカではない、特戦所有の本物だ。
「”MK18 MOD”アサルトライフル、そしてG17自動拳銃。これを君たちに預ける、成功報酬は特戦への入隊と内閣官房機密費から少なくない金額が出る。この救出任務はもう君たちにしか託せない――――情けない話だが、どうか久里浜さんを救出してほしい。失敗すれば我が国の子どもが理不尽に殺される」
城崎小隊長は口調を変えなかったが……、とても悔しそうにそう言った。




