第386話・終着点
――――数多、ほぼ無限に存在する世界線の中で……日本が大きく発展したのはここだけ。
彼の言葉に、林少佐はすぐさま反論した。
それは、少佐が高度な数学知識を持ち合わせていたからこそ行ったもの。
「それは無いでしょう。世界が無限に存在するなら、理論的に考えて他にも日本が発展したルートはあるはずですよ?」
これは、現在地球で一般化しているマルチバース理論に基づいている。
世界が無限に存在するなら、日本が第二次世界大戦に勝った世界や、アメリカの代わりになっている世界、彼らのように魔導技術を極めた世界があるはず。
しかし、ウリエルは首を横に振った。
「この箱舟はこれまで多くの地球を巡ってきた、おまけに言うなら、どれもここより信仰力指数が高かった世界だ。でもその全てが――――日本はソマリア以下の失敗国家、良くて農業で食いつなぐ発展途上国だったな」
この言葉に、数秒絶句する林少佐。
今自分は、長年幾人もの偉人が欲していた真実に手を触れている。
その単純な好奇心から、質問を続けた。
「にわかには信じられませんね……、ちなみにどういうルートを辿っていたんですか?」
ウリエルの口から、次々とこれまで観測した別世界の日本が語られた。
――――第二次世界大戦で本土決戦を行い、連合国に戦略魔導爆弾を12発落とされ終戦。そのまま農業国として搾取され続けた世界。
――――こちらとほぼ同じ状態で終戦したものの、合衆国大統領ルーズベルトが存命だったため、分割統治された世界。
――――明治維新が失敗し、魔法全盛期だったロシア帝国に侵略されて消滅した世界。
――――モンゴル襲来時、神風が吹かずに戦争が長期化、そのまま敗北した世界。
――――豊臣秀吉による天下統一がなされず、延々と内戦を続けた挙句に、魔導産業革命を起こした西欧へ植民地にされた世界。
以上の事実を踏まえた上で、ウリエルは簡潔に説明した。
「だから最初……信仰力指数が一番低いこの世界の日本は、カモだと思った。ゆえに外部の偵察すら怠り、初動も当時のテオドールとベルセリオンに任せてしまったんだ」
「だが、この世界の日本だけ異常に発展していたと。なるほど、なぜ君らが最初にあんな舐めプレイをしていたのか……ようやくわかった」
この時点で、林少佐は信仰力指数の示した罠に気づく。
おそらくそれは、唯一神への信仰度を魔導的に置き換えたもの。
だが現代の日本は、ハロウィンとクリスマス、そしてお正月が同居した八百万信仰。
彼らの侵略兵器が誤った答えを出したのも、決して壊れていたからではない。
この世界の日本人は、あらゆる物や事象に神の存在を見出す。
無数に乱立したそれらを機械が観測した結果、ゼロなどという数字が出たのだろう。
「しかし解せませんね、宇宙は無限にあるのにここだけ特別とは……」
「いや、数は膨大だが数値としては有限だ……。ゆえに、こういうこともあるのだろう。現にここへ来るまで、“科学”なんていう迷信が発展する世界があったとは知らなかった」
どこかボンヤリとしたウリエルの声に、林少佐はふと思いついた言葉を発した。
「これは……個人的な憶測なんですがね」
そう、今から話すのはなんの根拠も無い仮説。
現代量子力学と真っ向から相反する、林少佐の思い付きだ。
「もしかしたら……、この世界線こそが。【あまねく世界の終着点】なのかもしれません」
「終着点?」
「我々は並行世界をいわば横並びの、平等かつ同時に存在する可能性として考えてきました。でも実際は違う、全ての世界は……”1つの終点”へ繋がっている」
「ではなんだ? 今までの世界は全部通過駅みたいなもので、僕らが今いるこの世界が終点だと? 君が言っているのは、僕らがいた世界の宇宙論ともかけ離れているぞ」
確かに無理筋な話だ。
だが、この理論でなければ説明がつかないのだ。
「この世界線でだけ科学と日本が発展し、長く続いたダンジョンの旅を終わらせようとしている。執行者は今やそのくびきから解放され、本当の力を取り戻しつつある」
「……信じられないが、説得力はあるな。現にこの世界は今までと確かに違う、もしここが仮に本当に終着点として––––」
大天使ウリエルは、今一番知りたいことを呟く。
「散らばった全ての世界は、どう収束するんだ……?」
「わかりません、でも確かな事実があります――――」
林少佐は、ここに来て特別な少女たちの存在に疑問を抱いた。
「”執行者”がそのスペックをフルで発揮できるのは……、あまねく世界の中で唯一この日本だけだった。他の世界では不可能だったそれを、この世界でだけできた」
「つまり……最初から執行者は、この世界の日本クラスの科学文明でしかマトモに運用できないよう定められていた?」
「おそらくそういう仕様だったのでしょう、そうなると気になるのは……彼女たちは一体”何を執行”する存在なんでしょうね? その規格外のスペックに見合った役割が必ずあるはずです」
その日、林少佐とウリエルは一晩ずっと話し込んだ。




