第384話・再びの奇行
今まで聞いたことの無い、ベルセリオンのガチ悲鳴。
また天使が奇襲を掛けて来たのかもしれない、錠前1佐を呼ぶ時間も無かった。
「衿華!!」
「大丈夫です!!」
すぐさま2人は、いつも腰に携帯している『SFP-9』自動拳銃をコッキング。
初弾をチャンバーに押し込み、彼女の部屋の前まで走る。
少し触って確かめるが、鍵は掛かっていない。
反対で陣取る四条とアイコンタクトをすると、透は勢いよくドアを開けた。
「動くな!! 両手を挙げて膝を…………」
声がしぼんでいく。
2人がハンドガンを構えて入った部屋には、天使などいなかった。
代わりに――――
「あっ! エリカぁ!! 新海透ゥ!! 助けて―!!」
久里浜の膝上に乗ったベルセリオンが、必死に助けを求めていた。
「あれ、新海隊長に四条先輩。銃なんて構えてどうしたんです?」
いつか、同じ部屋で見たシチュエーション。
透は答えを察しながらも、念のため確認した。
「おい久里浜、ベルセリオンに何をやってる?」
「へ? 何って…………」
彼女が答える前に、ベルセリオンが叫んだ。
「こいつ! 髪を括ってくれるっていうから近づいたら、いきなり”背中を嗅いだ”のよ!!? しかも凄い勢いで!!」
本気で困惑しているらしいベルセリオン。
銃を下ろした四条は、呆れながら質問した。
「千華ちゃん……、”また”やったんですか?」
そう、久里浜は以前にテオドールに対しても同じことをしている。
エクシリアいわく、執行者という存在は常人の数億倍生命力で満ちている。
なので、鼻から直接吸うことで、美容や健康に良いというのだ。
「だ、だって最近残業続きでお肌がカサカサなんです!! 季節も11月で乾燥してますし、市販の美容品も効果が薄い。もう執行者ちゃんを吸うしか無いんです!!」
真剣な顔で、かなり変質的な発言をする久里浜。
とりあえず、2人は拳銃からマガジンを抜いて、メタルスライドを引いた。
チャンバー内の9ミリ・パラベラム弾を排出すると、それをもう一度マガジンに詰めて、本体へ叩き込む。
「でもベルセリオンが嫌がってるだろ、そろそろ離してやれ」
「いいえ! 前回は錠前1佐の手前引きましたけど、わたしにも女の意地があります! せめて後1吸いだけさせてください!!」
そう言って、久里浜は即座に彼女の華奢な背中へ顔をうずめた。
「すぅぅぅうううううううううッ……!!」
「ふ、ふぇぇええええええええ!!!!」
ベルセリオンの情けない声が漏れる。
ふと横を見れば、四条が暗く据わった目で腰の警棒に手を伸ばしていた。
ここは素直に保護者に任そう、なんて思っていると――――
――――ぬるっっ――――
「「「ッ!!!???」」」
周囲一帯を、全員が戦慄するほど凶悪な殺意が覆った。
そのレベルは、透の危機察知能力が緊急警報を鳴らすほどのもの。
――――なんだこの殺意! まさか、錠前1佐!!?
すぐさま振り返ったそこには、
「やっ、久里浜ちゃん。何をしてるのかな?」
美容師、秋山美咲が立っていた。
見えるのは接着剤で貼り付けたような笑顔、これこそが殺意の源だった。
「あ、秋山……さん?」
「フフッ、ベルちゃんの悲鳴が聞こえたから来てみたら……これはどういうことかな?」
「あっ、いや……これは」
必至で誤魔化そうとする久里浜だが、なんとか脱出した執行者がエグエグと半泣きで叫んだ。
「助けて秋山ぁ! もう5回くらい吸われてるのよぉ!!」
ニコッと、秋山は口だけ笑った。
「私ねー、ベルちゃんを泣かしたヤツは問答無用で殺すって決めてるんだー」
ゴムのダミーナイフを取り出しながら、低音で呟く。
全員がその殺意のヤバさに固まり、動けなくなってしまう。
久里浜にいたっては、硬直してしまっていた。
「でも久里浜ちゃんにはいつもお世話になってるから、殺すのだけは勘弁してあげるね。その代わり――――」
正面まで近づいた秋山が、久里浜の顎をクイッと持ち上げた。
「”おはなし”。しよっか♪」
「…………ひゃい」
別室へ連れていかれる久里浜。
その後、彼女は夜まで帰ってこなかった。
中で一体なにが行われたのかはわからないが、久里浜はそれ以降――――秋山を見かけるたびに1佐クラスへのお辞儀をするようになった。
そして、ベルセリオンへの許可無しボディタッチは一切行わなくなった。




