第381話・アノマリーVSアノマリー③
「内臓をミンチにしてもダメ、首を飛ばしてもダメ。そろそろ手詰まりが近いかな!?」
ビル間を高速で移動しながら、錠前はあのベヒーモスを相手に互角以上の戦闘をしていた。
もしここに天界勢力が来ても、僅か2秒ともたないだろう。
それほどまでに、次元の違う戦闘が繰り広げられていた。
「”光輪”、”瞬間”、”千刃の咆哮”――――『劈』」
構えを取った錠前は、ビルを挟んで反対側にいるベヒーモスへ、150連にも及ぶ斬撃の嵐を飛ばした。
建物はみじん切りにされたように砕け、中にいた人間もろとも葬り去る。
当然、こんな規格外の攻撃を受けてベヒーモスもタダでは応じない。
すぐさま、中和用の魔装結界を発動するが――――
「ぬッ……!?」
斬撃は威力を落とさず、ベヒーモスへ襲い掛かった。
「残念、君の結界術にはもう”適応”している。今のは普通の斬撃魔法だよ」
吹っ飛んだベヒーモスを追撃、今の技へ適応される前に追い込みを掛けるが、
「ぬぅんッ!!」
ここまで攻撃を受けたのは、初めてだったのだろう。
ベヒーモスは肺を大きく膨らませると、その大口から大出力レーザーを撃ち放った。
貫くように発射されたそれは、錠前目掛けてまっすぐ突っ込んでいく。
「はっは!!」
巡洋艦ですら蒸発する威力の技を、錠前は笑いながら蹴り返してしまう。
明後日の方向に逸れたレーザーは、超高層ビルを熱したバターのごとく溶解させた。
当然であるが、中にいた民兵も全て蒸発している。
だが、そんな犠牲など2人にはもはや関係の無い話だった。
「無限の適応合戦だな!! さぁ、君はどこまで僕に食らいつける!?」
五月雨式に発射されるレーザーを搔い潜り、錠前はベヒーモスへ肉薄。
全力の蹴りを叩き込むことで、ゆうに数千メートルは弾き飛ばしてしまう。
音速で飛ばされたベヒーモスは人民広場を突き抜け、対岸にあった高さ468メートルを誇る上海タワーへ激突した。
近くのビルに着地した錠前は、すぐに追いつこうとして――――
「やるじゃん」
できなかった。
ベヒーモスは異次元のパワーで、上海タワーを基礎から持ち上げ、川の反対側へいる錠前に投げつけたのだ。
迫る巨大構造物に対し、彼は冷静に指を向けた。
「『劈』」
一瞬だった。
400メートルを超えるタワーが、空中で木っ端みじんに斬り刻まれたのだ。
無数の瓦礫となったそれは、上海市内へ雨のように降り注ぐ。
バブルにより乱立したマンションは砕け散り、道路は散弾銃を浴びせられたかのごとく粉砕。
2人を追っていた中国軍もそれに巻き込まれ、装甲車ごと次々に潰された。
死の雨が落ちる中で、錠前はかつてない充実感、充足感で満たされる。
「初めてだ! あの不味い蛇を食った後にここまで全力で戦えたのは君が最初だよ! 本当に凄い、賞賛に値する!!」
これまで錠前は、己の手にした力を満足に振るえず……いつも不完全燃焼だった。
それが、今目の前には対等な存在。存分に暴れられるフィールドがあり、錠前勉は学生時代以来の解放感を味わっていた。
その上で、ゆっくりと……魔眼を向ける。
「僕にここまで本気を出させたのは、雄二と美咲以来だ……。誇っていいよ、君は強い」
空中を飛んで、今度こそ錠前を屠ろうと接近するベヒーモス。
彼もまた、ここまで苦戦する相手は初めてだった。
どちらかが技を出せば、どちらかがそれに適応する。
アノマリーの肉体反転は、治癒魔法と違って魔力を消費しない。
無限のいたちごっこが、戦いを必ず長期的なものにすると読んでいた。
だが――――
「なればこそ、僕も全力で応えよう……。この永遠に続けられる戦いに幕を引く」
眼前に迫るベヒーモス。
回避しても既に遅い状態で、錠前は流れるような所作で――――指を結んだ。
同時に、彼の身体からダンジョンの保有する全ての魔力を超えかねないエネルギーが放出された。
「――――『魔導封域』――――」
それは、以前にダンジョンマスター・エンデュミオンが繰り出した魔法戦の極地と同じ物。
限定的な範囲に結界を展開し、その中で物理法則を書き換えるチート級魔法。
しかし、錠前のそれはエンデュミオンの封域と明確に別物だった。
「ッ…………!!!」
特筆すべきはその範囲だろう。
本来であれば100メートルが限度のそれを、錠前は魔眼の効果を利用して”半径約45キロ”にまで拡張。
ベヒーモスが逃げられない、超々広範囲に展開した。
「なんだ……これは」
街を逃げ惑っていた劉中将は、青くなった空を見上げる。
戦車兵が、機銃座にいた兵士が、救助にあたっていた衛生兵が、上海にいた反乱軍およそ40万人が異様な景色に包まれる。
「ベヒーモスくん、君はこれに適応できるかな?」
直後だった。
ベヒーモスの全身に、無数の斬撃が襲い掛かった。
魔装結界で防御しているにも関わらず、その傷はあまりに深い。
――――『魔導封域』には、原則1個の魔法が先手技として付与できる。
エンデュミオンはかつて執行者姉妹と戦った際、この原則の中でテクニックを駆使して使用した。
効果的な場面で属性を切り替えることによって、常に先制攻撃を行ったのだ。
しかし、原則という概念は錠前にとって無価値に等しい。
彼は45キロの”結界内全て”を対象として空間断絶技である『絶』、ならびに『劈』を付与に成功。
0.005秒後には、錠前を中心として無制限の斬撃と空間ズラしの嵐が吹き荒れた。
「ぬぅ…………ッ!! おぉ!!!?」
これに耐えられる生物、兵器はこの世に存在しないだろう。
栄華を誇った上海の金融市街は爆撃よりも無残なレベルで刻まれていき、そこに存在する全ての生命をマイクロ単位になるまで潰していく。
「なんだ!! 何が起こって――――」
なんとか友軍を見つけ、国産装甲車である猛虎に乗り込んでいた劉中将。
彼もまた痛みを知覚する間もなく、装甲車ごと斬り刻まれた。
中将だけでなく、地下や建物に逃げ込んでいた兵士や義勇兵も……区別なく錠前の封域効果で殲滅されていく。
いかなベヒーモスといえど、肉体的にこれを耐える術は無い。
本来ならこれで決着なのだが、
「…………」
指を結びながら、錠前はまだ顔を綻ばせていなかった。
なぜなら、眼前の敵はここまでの大技にすら適応作業を高速で進めており、肉体反転の速度すら加速させていたのだ。
加えて、彼の魔眼はベヒーモスの不死の理由を看破する。
「やはりな、こいつの命の数は”2つ”。肉体と魂両方にコアを持っている………僕がいくら肉体を斬ったところで、こいつは殺せないわけか」
瓦礫と斬撃の烈風、その中心部にありながら、ベヒーモスはゆっくり錠前に向かって歩いて来ていた。
もう肉体的には死んでいるにも関わらず、魂のコアがそれを許さない。
これこそ、この化け物が数々の世界で勝ち続けて来た理由。
――――その上で、錠前は右手に魔力を集約させた。
「”位相”、”無明”、”蒼白き焔”――――」
ここに来て、彼は”3つ目”の魔法を先手として組み込んだ。
放たれるは現代最強、錠前勉の本気の一撃――――
「焔属性魔法、暁天一閃––––『極ノ弾』ッッ」
それは魂すら焼き切る焔。
発射された焔球は、秒速4.8キロメートルという超高速でベヒーモスに直撃。
結界内が摂氏8000度を超える灼熱の業火に包まれた。
その威力、人類最大の核兵器である”ツァーリ・ボンバ”と同等。
もし結界外で炸裂したなら、地球の自転や地軸にも影響したであろう一撃。
爆炎が晴れ、封域が解除された後…………上海市は言葉通りの、”更地”となっていた。




