第378話・異常存在と異常存在
――――中国、上海。
世界トップクラスの金融街でもあるこのメガシティは、本来の姿と全くかけ離れていた。
「土嚢もっと積めぇ!! いつ連合軍が来るかもわからんのだぞぉ!!」
「売国奴の中央はもう信用ならん! 我々こそが、中華人民共和国最後の砦なのだ」
ここには現在、離反した解放陸軍およそ10万人が集結していた。
北京政府は降伏を掲げたが、彼らにそんな敗北主義的思考は一切無い。
なんとしても連合軍に被害を与えるべく、上海を要塞化しているところだった。
「失礼します!! 劉師団長閣下はいますでしょうか?」
中心街のビル内へ設置した司令部に、新兵の若者が入って来た。
見れば、本来外資のビジネスマンが行き来するエントランスが、軍服を着た軍人で溢れている。
並べられたテーブルの奥から、1人の男が歩いてきた。
「私が劉中将だ、報告を聞かせてくれ」
「はっ!! 上海南部および東部の要塞化がほぼ完了しました。機甲部隊も随時到着中、ビルの屋上への対空砲設置も進んでいます」
その報告を聞いて、劉中将は顎を触った。
「”民兵”の徴兵はいかがか?」
「はい、志願した民間人の士気は高く、現在は小銃を配布して訓練中! 我らの軍閥のためなら命を捧げるとのことです」
なんと彼らは、上海の民間人を徴兵していた。
政府の弱腰姿勢につけ込み、高らかな演説で愛国心を鼓舞。
結果として、30万人を超える人間が自ら反乱軍に志願していた。
その9割が、20代の若者である。
「ふむふむ、旧共産党がばら撒いた愛国教育がこんな形で役立つとは……。右翼化したバカ共は鉄砲玉や肉壁としてちょうどいい」
「中将。銃を配布しているとは言いましたが、自分はその件で伝令を任されました」
「ん? 何が本題かね?」
不思議がる劉中将に、兵士は苦々しく答えた。
「さすがに我らも、これだけの数の志願兵全員へ渡す小銃は持ち合わせておりません。いかがするおつもりなのかと」
「簡単だ、前にロシアが見本を見せてくれただろう。同じことをすればいい」
そう言った劉は近くにあったパイプを手に取り、兵士へ渡した。
「銃が足りないなら、ホームセンターを略奪して武器を調達しろ。正規兵の壁になればそれで良い」
「か、彼らも同胞ですよ!? そんなずさんな扱い、できるわけが――――」
それが彼の最期の言葉だった。
ふところから拳銃を取り出した劉中将が発砲。
異議を唱えた兵士を、即刻射殺してしまった。
「他に意見のある者はいるかね?」
周囲への問いに、返って来たのは完全な否定。
満足そうにうなずきながら、彼は銃をしまった。
「では良い、ここは我らの国の新首都となるのだ。中途半端な厄介者は我が軍閥に不要、見つけ次第射殺に限るな」
そこまで言ったところで、またも新しい伝令がやって来た。
今度はマトモな報告を期待して出迎えるが、劉中将は思わず首を傾げた。
「おい、そいつは誰だ?」
2人の兵隊に連れられて来たのは、長身のアジア人男性。
シンプルな私服で身を包み、女子ウケの良さそうな顔にはサングラスが掛けられている。
「やっ、君がここのボス?」
ほぼネイティブの中国語。
銃口を背中に当てられても、そいつは悪魔のような笑顔を崩さなかった。
「いやー、1ヶ月の長期出張。ホテルでくつろいでたら大変なことになったもんで」
そう軽薄に喋る男は、中将を見てケラケラと笑う。
「おい、どうして民間人……それも日本人が残っている? 部外者は全員射殺したか追い出しただろう」
「それが不思議なことに、この男は我々が制圧したビルからいきなり出て来たのです……。何を聞いても「待ち合わせ場所に行く」としか言わなくて……」
困惑する兵士の言葉に、劉中将も不可思議な感触を覚えた。
「いやホントだって、君ら解放軍でしょ? 悪いことは言わないからサッサと逃げた方が良い。もうすぐ”約束の時間”なんだ」
「ほう、一体何が会いに来るんだ? この街は既に我々が完全封鎖している、観光に来ていたなら不幸だったな。君の持つ万能な日本人パスポートもここでは紙切れだ」
「あっははは! 紙切れなのは君らの行動を担保する保証じゃない? 予定通りならもう君らは正規の軍人でもないパルチザンって聞いたけど」
「日本人にしては威勢が良いな、だがここでそのような言動は理知的じゃない。射殺しろ」
兵士たちがトリガーに指を掛ける。
そんな様子を見た男は、ため息をついた。
「一応警告はしたからね? もう何をどうしたって自己責任だよ?」
その瞬間、司令部内の有線通信機が音を立てた。
「劉中将! 南部の見張りから連絡です! 何か火球のようなものが高速で落下してきていると」
「なに? 誰かが対空砲で航空機でも落としたか? 発砲許可はまだ出してないぞ」
同時に、ビル街が赤く照らされる。
それは夕暮れのように明るく、魔性の不気味さを持っていた。
「ち、違います!! 火球は”ここ”に向かっています!!! 退避を――――」
瞬間。
ビルの正面に、火球が落下した。
衝撃波はガラスを砕き割り、司令部のある建物にも被害を及ぼした。
兵士たちも吹っ飛ばされ、地面に転がる。
「……来たな、エクシリアくんの言った通りだ」
当惑しながら床に座る劉中将を放置して、男は熱波の中を歩いてゆっくり外へ出た。
本来車が行き交う大通りは、一面が焼野原と化している。
その中心部に、”彼の者”は立っていた。
身長にして5メートル以上の体躯、膨れ上がった筋肉は灼熱の血液を含んでマグマのように体内を循環し、常に蒸気を発生させている。
悪魔にも似た角の下には、白色の眼が光っていた。
「……初めまして”ベヒーモス”くん。君だね? テオドールくんたちの世界からダンジョンを追って来たアノマリーってのは」
現代最強の自衛官––––錠前勉が、ニッコリと挨拶。
異常存在と異常存在、本来出会うはずの無い者たちが…………上海で邂逅した。




