第377話・襲来
テオドールとエクシリアの食事配信が大盛り上がりの頃。
遠く離れた南シナ海では、海自の空母『かが』と、米海軍の原子力空母『カール・ヴィンソン』が並んで航行していた。
周囲には、日米の護衛艦が10隻以上浮かんでいる。
この艦隊は、現在ある場所へ向かっていた。
「で、上海の様子はどうだ?」
CICに陣取った山口海将補が、スクリーンを見つめながら呟いた。
これに対し、『かが』艦長がすぐさま答える。
「相変わらずですね、周辺から反乱軍化した解放陸軍が集結中。民間人を全て追い出して、要塞を築いています」
FICのスクリーンには、米軍のRQ-4グローバル・ホークから届いた映像が映っていた。
世界屈指の金融市街は、そのあちこちに鉄条網や機銃陣地、迫撃砲陣地に機甲部隊で埋め尽くされている。
市民と小競り合った後なのか、路上には民間人の死体がいくつも転がっていた。
彼らは陥落した中南海の指令を無視する、東部戦区所属の軍閥だ。
元々指導部に反した方針の軍閥であり、戦争が停戦してもなお徹底抗戦の構えを見せていた。
「何人いるんだ? かなりの数に見えるが……」
「6個師団は集まっているとの情報です、人数にして8万人強かと」
連合軍の方針としては、先の北京9カ条によって無血開城するのが本命だった。
しかし、これだけの数が中南海の命令を無視するのはさすがに想定外。
ここまで圧勝してきた連合軍でも、泥沼の市街地戦となればどれだけ被害が出るか見当もつかない。
「米軍の考えは変わらないんだな?」
山口の問いへ、艦長が返す。
「そのようです。現在集結中の陸軍を中南海へ圧力を掛けて賊軍として認定し、空爆を行うとのこと」
「民間人はもう全員逃げたか、もしくは殺されてるから無差別にはならんだろうが……あまり気持ちのいい戦ではないな」
「全くです、しかしやらねばならないのも事実。指定海域到達後は、米軍と共同で空爆を行う予定です」
「EMPで地対空ミサイルの心配は無いが、高射砲に注意しないとな。航空隊には高度を維持するよう指示を――――」
山口がそこまで言ったところで、レーダー員が叫んだ。
「コンタクト!! 本艦西方100キロに未確認飛行物体を検知、速度……マッハ2.8!!」
日米艦隊より100キロ離れた上空に、突如として何かが出現した。
ステルスではない、いきなりその場へ現れたのだ。
「妙だな、EMPを生き残ったJ-20だとしても、随伴のイージス艦ならもっと早く探知できててもおかしくない。そもそもウチとアメリカの艦載機は何をやってるんだ?」
空母打撃群の半径100キロともなれば、もう肉薄と言って良い距離だ。
艦隊から80キロ離れた空域をパトロールしていた艦載機も、突然のことに困惑した。
「こちらストライクリーダー、アンノウン検知。これより迎撃する」
「了解」
海自のF-35Bが4機と、米海軍のFA-18E戦闘機およそ8機が迎撃態勢に入る。
一歩早く、米軍艦載機部隊が目標に接触した。
『こちらブレイク1、目標捕捉……なんだアレは? 戦闘機じゃない、まるで隕石――――』
その時だった。
通信が途絶えると同時に、コンタクトしたFA-18E戦闘機部隊がレーダーから”ロスト”したのだ。
「米軍機沈黙!! 信号も途絶しました!!」
「まさか……撃墜されたのか?」
信じられない事態に、米軍はすぐさま応援のFA-18Eを追加で発艦させた。
海自の艦載機に関しては、IRカメラを用いた遠距離偵察が命じられる。
「目標、捕捉しました」
F-35Bの高性能IRカメラが捉えたのは、米軍機が最後に発した言葉と全く同じ。
まるで火球のような塊が、マッハ3近くで飛行していたのだ。
通常の戦闘機ではない、明らかに”異常”だった。
「艦隊との距離、60キロを切ります!!」
「全機、アムラーム発射!! 艦隊に近づけるな!!」
海自艦載機部隊が、一斉に空対空ミサイルを発射。
全弾が目標に命中する。
しかし――――
「目標健在! 速度高度変わらず!!」
なんと、アムラームによる攻撃が全く効かなかったのだ。
迎撃されたわけでもない、確かに命中したはず。
『こちら『かが』、航空隊は至急退避せよ! 艦隊による近接防空を開始する!!』
その直後、日米艦隊は戦闘機動へ移った。
米機動艦隊は、落とされた仲間の仇を討つため、進路上へ壁のように立ちはだかる。
「目標ロック! ESSM攻撃始め!!」
「了解! 対空ミサイル発射!!」
日米の艦隊から、一斉に艦隊空ミサイルが発射された。
VLSから業火と共に撃ち出されたそれは、白煙を引いてアンノウンへ向かっていく。
「インターセプト5秒前! 3、2……マークインターセプト!!」
レーダー上で、目標へ20発以上のミサイルが直撃した。
これで撃墜かと思われたが、
「目標健在!! まっすぐ突っ込んでくる!!」
”異常物体”は速度を落とすことなく、艦隊へ肉薄してきた。
アラートが鳴り響き、艦内が非常灯の明かりで満ちる。
「イージスAIによる自動管制へ移行! ESSM連続発射!!!」
イージス艦のVLSから、凄まじい数のミサイルが発射された。
それらは寸分の狂いもなく目標へ当たるが、落ちるどころかさらに加速していた。
「目標!! 艦隊上空を通過します!!」
一瞬だった。
まるで見たことの無い燃える物体が、マッハ3という超高速で日米艦隊の上空を通り過ぎたのだ。
その際、物体から太いレーザーのような攻撃が飛来。
展開していた米艦隊に直撃し、艦を次々と両断してしまった。
「巡洋艦『レイク・シャンプレイン』、ならびにイージス駆逐艦『チャフィー』、『ストックデール』撃沈!!」
「面舵いっぱーい!! 目標の進路から退避せよ!!」
海自艦隊は、最大戦速で攻撃地点から離れた。
数十秒ほど息の凍るような時間が続いたが、それもすぐに終わる。
「……目標、離れていきます。艦隊との距離30キロ」
「対空戦闘用具収め…………、米軍の救援を開始する」
山口は、生まれて2度目となる不気味さを感じていた。
アレは、間違いなく地球上のものではない。
スクリーンに、黒煙を上げて沈んでいく米艦隊が映った。
「イージス巡洋艦を一撃で沈めるレーザー。そしていくら撃っても無限に再生し、むしろ適応していく…………こんな芸当が可能な存在」
考えたくない事態が脳裏をよぎる。
だが、かつて相対した最強の敵が……まさに特徴として一致するのだ。
千葉沖で日米の総攻撃を受けてもなお抵抗し、最後には試験兵器であるレールガンによってようやく倒せたモンスター。
――――”異常存在”。
「ッ!! チャートを出せ!! あの飛行物体の進路は!!」
山口の叫び声に、レーダー員がすぐさま返した。
「目標、進路を北東へ転進……進行上の都市に、上海があります!!」
アノマリーは、まるで導かれるようにして上海を目指していた。
米軍がやられたのは、あくまで進路上で妨害したからに過ぎない。
もしこちらが目当てなら、海自艦隊が無傷なはずが無かった。
以前に戦ったリヴァイアサンは、ダンジョンに引かれて東京を目指した。
ならばと、山口は確信する。
「あそこに、そいつと”同じくらいヤバい存在”がいるのか…………? アノマリーは、それに引かれている?」




