第376話・トロ顔師弟
【鳴いたあああああああああああ!!!!】
【はえ!?】
【さすが執行者!! ちゃんと上手に鳴けて偉い!!】
【ほえちゃんの師匠と言うのは、本当らしいな】
【はえちゃんだあ!!】
無様にトロ顔を晒す2人の執行者に、コメント欄は歓喜の絶叫を上げた。
それは、ネットの世界だけではなく――――
「良い鳴き声だ!! ほえちゃん! はえさん!!」
「こっち向いてー! ピースピース!!」
食堂に集っていた自衛官たちも、歓声を上げた。
唐突に始まった配信お祭り騒ぎ。
それでも、執行者師弟は構わずに食事を楽しんでいた。
「ふ、普段のカレーと全然違います……! なんだかジャンキーです」
「はえぇ…………、これは美味しいわね」
最初の一口だけでも、インパクトは抜群。
ピリ辛の肉入りルーは、心地よい刺激と旨味を舌へお届けしてくれる。
このまま一気に食べてしまいたくなったが、透が待ったを掛けた。
「おいおいテオ、エクシリア。大事なことを忘れてるぜ?」
彼が指差した先には、光を反射する温玉。
ゴクリと、執行者が唾を飲む。
「し、刺激的で暴力的なこの料理に……! 温玉なんて乗せたら、絶対美味しいじゃないですかぁ……!!」
「クッ……! このままじゃ負ける。テオドール!!」
「はい!」
何か挽回の策を期待して、すぐさま師匠の方を向くが––––
「も、貰った分がもう無いから……また分けてもらえるかしら?」
「そ、そんな……師匠がこんなアッサリ陥落するなんて……!!」
「ち、違うわテオドール!! あくまで様子見するだけよ! このわたしが無様に日本人に屈するわけないじゃない!!」
そう言いつつも、小皿に温玉付きで分けてもらう。
【口ではそう言いつつ、体は素直だなぁ?】
【抗えまい、キーマと温玉のコンボに勝てるわけがないからな】
【ふむ、ほえちゃんの師匠とやらもこの程度か】
煽るコメント欄。
四条にそれを見せられたエクシリアは、「はっ!!」と一息。
「せ、せいぜい吠えることね日本人、このわたしがそう簡単にはえはえと鳴くわけ無いじゃない。さっきのは不意打ちだっただけよ」
【こんなところもテオドールちゃんにそっくりなんだな】
【逆だろ、ほえちゃんがこの師匠に似たんだ】
【師弟は似るって言うしな、納得だわ】
温玉を乗せたキーマを前に、エクシリアは最強の執行者として威厳を見せようと決意。
「わたしから行くわテオドール、このまま日本人の思うままなんてさせない」
「はい! 一発お願いします、師匠!!」
流れるように一口。
その瞬間だった––––
「ムグッ…………!!?」
エクシリアの顔が歪んだ。
口内に広がったのは、ピリ辛ニンニクと絡まるような温玉の甘味とトロみ。
双方が互いに味を際立たせ、辛さと甘さの二重奏を奏でるのだ。
パラパラのお米と一緒に頬張ったが最後、その威力は2000ポンド爆弾の直撃にも等しい。
自我という名の自慢の基地を爆撃で吹っ飛ばされた彼女は、たまらず――――
「はぇぇ…………!」
先刻の宣言と正反対の、トロ顔を晒した。
【師匠陥落!!!】
【いくら戦闘が強くても、温玉キーマの攻撃には耐えられなかったか……】
【あれだけ渋谷で猛威を振るった女の子も、温玉の前には無力だったな】
予定調和とばかりに、エクシリアの陥落を見届けるコメント欄。
残されたテオドールは、まさしく絶望という言葉が似合う表情をしていた。
「し、師匠がこんな簡単に完敗してしまうなんて……」
【あとは君だけだね、ほえドールちゃん?】
【さぁ聞かせておくれ、素敵な鳴き声を】
もはや退路は無い。
ここで冷静なリアクションを決め、師匠の仇を討つ!
それこそが、残された一番弟子の義務。
執行者テオドールは、その覚悟と共に温玉キーマを頬張って――――
「ほええぇぇぇ…………ッ」
即堕ち。
冷静さなど欠片もない、師匠と同じトロ顔を秒でお見せした。
【良い笑顔だ! ほらこっち向いて】
【ピースピース】
【美味しかったんだね、最初から我慢する必要なんてないんだよ】
【ダンジョン運営さーん、これがあなた達の娘さんでーす。こんな幸せにしちゃいましたー】
温玉キーマに完全に屈した執行者2人は、凄まじい勢いで完食。
米粒1つ残っていないお皿を、幸せ満点のお顔でお見せした。




