第373話・いつもと変わらないダンジョン
中華人民共和国のスピード降伏は、世界中に報道された。
撮影された空爆映像を元に、大手メディアが特集を組んで放送。
一部では、「連合軍はやり過ぎだ! 中国が何をしたというのか!」と学者が叫ぶ番組もあった。
もっとも、そんなのはごく一部だったので、誰も相手にしていない。
現在は”上海を除いて”、連合軍が各主要都市を占領している。
南シナ海から台湾海峡、東シナ海は連合海軍で埋め尽くされており、勝敗は誰が見ても明らか。
今朝は、停戦の調印と同時刻に、パフォーマンスとして70機を超える連合軍機が北京の空を大編隊で飛行した。
そんな物騒な世間から遠く離れた場所。
ダンジョンでは、敢えていつもと変わらない日常が送られていた。
「なぁ坂本よ、世間は大変だが……俺の彼女。すっげえ可愛くって、超良い匂いすんだよね。マジ天使なんだ」
椅子に座って呆けた顔でノートパソコンを見つめながら、新海透は惚気たことを口走った。
そんな上司に、坂本はスマホゲーを弄りながら回答。
「それを言ったら僕の彼女も同じっすよ、あの小さな八重歯がまた可愛いんすわ……。まっ、その口から出てくる一言は余計な場合が多いですけど」
惚気自衛官2人による、国際情勢とは無縁な雑談。
ダンジョン内においては、目の前の敵に集中すべきということで、なるべく国際情勢を意識しないよう言われていた。
そんな中、透はふと聞こうと思っていたことを思い出した。
「そういえば坂本、特戦の人らに連れてかれてたけど……なんかあったのか?」
4週間前の新宿で、坂本と久里浜はロシア特殊部隊相手に奮戦した。
その後てっきり揃って合流するかと思っていたのだが、なぜか坂本だけ習志野駐屯地に連れていかれていたのだ。
ようやく出来た休日なので、忘れない内にふと聞いてみた。
「あぁ、特戦の方々……千華を超大切にしてたみたいで。どうやら妹分として原隊復帰を待ちわびてるらしくって、ここで僕と肉体関係持った件でちょっと」
「マジ…………? 特戦式の拷問とかされた感じか?」
本気で心配する透に、坂本は顔を向けた。
「いえ、特に怒られたりはしなかったっすよ。彼らも千華のことは分別ある大人として見てるらしくて、隊長が想像するようなことは無かったですね」
いわく、彼らは普段の久里浜の様子が気になって仕方がなく、坂本に近況を聞きたくて拉致したらしい。
一緒に食事をしたり、部屋で遊んだり、ダンジョン攻略の話で盛り上がったとのこと。
久里浜がこっちで楽しく過ごしてると聞いて、群長の城崎や小隊長クラスの隊員たちも安堵したようだ。
おそらく、これが一般の隊員であればこうはならなかっただろう。
坂本はなんだかんだ戦果を挙げており、しかもあの現代最強である錠前勉が指名するほどの自衛官。
特戦が今更文句を言う理由など、最初から無かったのだ。
「でもまぁ、千華を不幸にしたら”殺しに行く”とは言われましたね」
「やっぱヤバい目に遭ってね!?」
「ご心配なく」
長い前髪の奥で、黒目が据わる。
「俺は絶対に千華を幸せにし続けるんで、なんも心配してません。むしろ、そんなアホをやらかしたら殺してくれるんです……感謝したいくらいですよ」
「錠前1佐が狂ってるのは前から知ってるが、お前も大概だぞ……」
「そうですかね? でも僕は隊長の方が心配っすよ」
「俺か?」
「えぇ、隊長は結構な女たらしですからねぇ……。なんかやらかして、四条2曹を不機嫌にしないか心配っす」
「誰が女たらしだ。でも、テオや錠前1佐にも同じこと言われてんだよなぁ……」
新海透という男は、良い意味でも悪い意味でも平等だ。
恋人という特別な女性に対して、知らぬ内にやらかす危険は確かにあった。
「まっ、そん時は衿華が俺をぶん殴ってくれるだろ。アイツ一応俺と同じくらい体術強いし」
「そうならないことを祈ってますよ。そうだ、錠前1佐と言えばなんですけど――――」
坂本がそう口開いた瞬間だった。
「んっ?」
「あっ」
部屋の中央が、眩く輝いた。
神々しい光の中から、見慣れた異世界の少女が現れる。
「透! 坂本!! 今すぐわたしの部屋に来てください!」
転移してきた執行者テオドールは、現れるやいなやそう叫んだ。




