第371話・パンドラの箱
連合軍の攻撃開始から6時間が経った。
朝になっても中国全土は停電しており、インターネットインフラもダウン。
国営ラジオでは、解放軍が連合艦隊を無傷で殲滅したとの報道が繰り返し流されている。
明らかなプロパガンダ。
それでも、この状況で勝ちを確信する者は多かった。
「俺たち中国は大国だ、西側なんかに負けやしないさ」
「あぁ、最悪……我が国には核兵器もある。適当なところで紛争も終わるだろ」
朝一の海鮮市場では、そんな雑談が呑気に行われていた。
確かに彼らの認識は間違っておらず、中国国家首脳部は遂に核ミサイルの使用を決断した。
内陸部の基地および、南シナ海や太平洋に潜伏させた戦略原潜から弾道ミサイルを発射。
日米を壊滅に追い込もうとしていたのだが––––
「おい、噂をすれば軍用機が飛んでるぜ」
街の遥か上空を、数機の黒い飛行機が飛んでいた。
最初は中国軍機かと思ったが、見たことの無い機体だった。
市民はそれでも特に疑問は抱かず、味方が飛んでいるだけだろうと判断。
もっとも、そんな甘い現実は存在しなかった。
「ボマー1より各機、ここからが本番だ。この日のために用意した”パンドラの箱”をお届けするぞ」
中国の大都市である南京上空を我が物顔で飛んでいたのは、米空軍の戦略ステルス爆撃機。
B-2Bだった。
彼らは直前に、弾道ミサイル監視警戒機であるコブラボールから、中国軍がICBMの発射を準備していると連絡を受けていた。
あまりにも高すぎるステルス性能ゆえに、解放軍はB-2の侵入を全く検知できていなかった。
本来ならそれでも接近を探知できるはずだったが、沿岸部のレーダーや海軍の壊滅。
デュアルバンドレーダー搭載機のロストにより、もはや解放軍はステルス機を捉えることができなくなっていた。
「ICBMの予想発射時刻まであと8分だ、各機。箱の開封時間が来たぞ」
B-2の下部ハッチが開かれると、各機につきリボルバーのように装填されたミサイル6発が、陽の光に当たった。
しくじれば母国は灰塵と化す。
パイロットたちは緊張に押しつぶされそうだったが、軍人として……愛する家族を守るため、トリガーを引いた。
「発射」
黄海、東シナ海、南シナ海の3方向から侵入した12機のB-2から、多数のステルス巡行ミサイルが発射された。
マッハ3で突き進んだそれは、高高度で多数の子弾に分裂。
中国内陸部に存在する各ICBM発射施設、空軍施設、沿岸部の主要都市上空へ到達。
––––起爆した。
リーダー機のパイロットが、隣の仲間へ話しかけた。
「後の歴史で、我々の行いは正義だったと語られるだろう……たとえ、この箱からどんな悪夢が放たれてもな」
中国全土を、朝日と一緒にオーロラの光が覆った。
電離層に激しく粒子が衝突し、成層圏がグチャグチャにかき乱された。
まるで巨大な太陽フレアが直撃したかのような光景は、中国国民……そして国家首脳部を混乱させる。
もっとも、そんな幻想的な景色は、開けられた箱の中から飛び出した悪夢の視覚化に過ぎないと知らしめられた。
「おい、なんだアレ…………」
オーロラに包まれた北京市内で、市民が揃って空を指差した。
そこには、バラバラと落ちてくる……”大量の軍用機”が映っていた。
「こちらブレイズ1! 全ての電子機器がダウン!! コントロール不能!! 墜落する!!!」
中国空軍のH-6爆撃機がきりもみ回転しながら、なにもできずに北京市内へ続々と墜落した。
同様の事は、中国全土で広がっていた。
中国大陸で飛行中だった航空機は、その全てが電子回路に深刻なダメージを負わされた。
迎撃に上がっていた戦闘機、索敵に出た哨戒機、反撃のため巡行ミサイルを撃とうとしていた爆撃機。
それら310機にもおよぶ解放軍機が、”全て”墜落してしまった。
少数は都市へ落ちてビルを倒壊させ、大多数は山中へ落下。
大規模な山火事を発生させた。
無論、被害はこれに留まらない。
「ぜ、全ICBM、IRBMとの信号途絶…………!! 発射シークエンスが強制中断されました!!」
「バカな!! EMP防護は完璧なはずだ!! 他の基地はどうなっている!?」
「ダメです! 通信機器も全て損傷、おそらく……大陸中の発射基地が同じ状態かと」
解放軍の地下ICBM発射基地は、混乱に陥る。
原因は、空に現れたオーロラだった。
米軍が発射したミサイルに搭載されていたのは、新型EMP爆弾――――『XE001』。試作名称”パンドラの箱”。
これは従来の核弾頭を使用した無差別EMPと違い、”任意の範囲”にある全ての電子機器を破壊。
使用不能にする、核兵器以上の戦略兵器だ。
現代では開発不可能と思われていた、未来兵器と言って良い。
相対性理論、量子力学に次ぐ第3の理論を研究中に生まれ出た副産物だったが、この兵器が完成するきっかけは……地球外からもたらされたもの。
すなわち、”ダンジョンの魔力結晶”だった。
「成功ですマッキャンベル大将、”パンドラの箱”は無事に開けられ……大陸中の電子機器は全て使用不能になりました。軍用民用、EMP防護がされた兵器も含め全てです」
空母『ジェラルド・R・フォード』艦内で、艦長が報告。
椅子で紅茶を飲んでいたマッキャンベル大将が、息を吐いた。
「最初に日本がダンジョンを攻略した時、我々は真っ先にそこから採れる未知の物質……”魔力結晶”をバカげた値段で買い上げた」
「ダークマター、ダークエネルギー、重力子に次ぐ第4の未発見物質として……でしたか?」
「あぁ、おかげで我々は量子力学と相対性理論を結ぶ、新たな統一理論のヒントを得られた」
「……それが、あの新型EMP爆弾ですか」
「あぁ、3週間前の東京でも、執行者が放った莫大な魔力エネルギーで電離層が割られ、オーロラが現れただろう? 今回はそれを数万倍強烈にして、範囲を絞ったわけさ。おかげで台湾の半導体工場や日本の被害はゼロだ」
立ち上がったマッキャンベル大将が、諸外国軍には決して見せない笑みを出す。
「これで、中国軍は実質完全に無力化されたというわけだ。――――艦隊に命令せよ、解放軍の全空軍基地、海軍基地へ徹底的な爆撃を敢行。護衛艦隊は前進し、沿岸部へ弾薬が尽きるまで艦砲射撃を指示。中国の保有する全ての軍需施設を殲滅するのだ」
その後、一部の中国潜水艦からSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)が発射されたが、全てイージス艦のSM-3ミサイルによって撃墜。
カウンターの魚雷によって撃沈され、中華人民共和国は保有する全ての核運搬能力を喪失した。
敵の心配が無くなった連合軍機の大編隊が、誰にも邪魔されずに中国本土へ侵入する。
戦闘開始から僅か8時間、勝敗は決した――――




