第369話・崩れゆく龍
台湾以東の優勢を失った中国軍は、必然的に西側へ後退していた。
HVTである空母『福建』はもちろん、トマホーク迎撃のため飛んできた内陸の戦闘機も一時撤退。
燃料補給も兼ねて、福建省にある福州宜殊空軍基地へ次々と機体が下りてきていた。
近隣の基地も、おそらく同じ様子だろう。
近くには対艦弾道ミサイルも配備されていたが、連合軍空母の位置が掴めていないのか、まだ発射する様子は全く無い。
「頼むから急いでくれよ! これ以上の西側資本主義者共の蛮行は決して許せん!!」
「そうだ! こんな無茶苦茶やりやがって……必ず反撃してやる」
地上に降りた戦闘機パイロットが、整備員を怒鳴りながら急かす。
彼らは結局、グラウラーの妨害によって全くトマホークを落とせていなかった。
遠方の方では、着弾による火災が夜空を照らしている。
大陸中のインターネットがダウンしている事から、人民は一体何が起こっているのかも理解できていないだろう。
栄華を誇った中国の経済都市は、停電によって夜の闇に支配されていた。
––––福建省郊外、上空。
「やはり最新のデュアルバンドレーダーは凄いですね! 日米英のステルスが丸見えじゃないですか!」
大きな機体の上に、皿のようなレーダーを載せたこの航空機は、中国軍の早期警戒機。
KJ-500だった。
本来は通常の索敵手段しか持たない凡庸な機体だが、これは少し違う。
若い女性副機長が言った通り、最新鋭のデュアルバンドレーダーと呼ばれる代物を装備していた。
従来の物と違い、発見困難なステルス機を発見できる装備である。
山口海将補の予想が、完璧に当たった格好だ。
「本当ね、それだけに……前衛の部隊に支援が届かなかったのが悔しいわ」
機長の中年女性が、忌々し気に顔を歪めた。
「どうでしょう機長、艦隊後退の援護のため……もう少し前進しては?」
「ッ……」
確かに、さっきは前衛から距離を保ち過ぎたために友軍を守れなかった。
レーダーの精度もまだ試験段階なので、長距離から確実に視えるとも限らない。
だが、
「念のため、福建省からは離れないでおきましょう。もし180キロを切って近づいたら……イージス艦のレーダーを集中照射されて、半導体が焼き切られる」
「でもそれだと、台湾以北の味方を守れません。せっかくのデュアルバンドレーダー搭載機なのに」
「だからこそよ、それに……」
機長は、直前に受け取った天気予報図を見下ろした。
「ちょうど台湾海峡を埋める形で、積乱雲が発生してるわ……アレを盾にすれば、イージス艦の眼から逃れられる」
この試作機体は、中国にたった1機しか存在しない。
つまり、替えが効かないのだ。
危険を冒すよりも、攻勢に出てくる連合軍を探知するのが先決だった。
さらに言えば、ここは味方のSAM(対空ミサイル)やCAP(護衛戦闘機)がいる。
窓から隣を見ても、PL-15長距離空対空ミサイルを搭載したJ-20ステルス戦闘機が、頼もしく飛んでいた。
その時だった––––
「アラート!!!! 正面下方からレーダー照射を受けています!!!」
「なんですって!?」
機内にロックオンアラートが、けたたましく鳴り渡った。
それは味方のJ-20戦闘機も同じだったらしく、フレアを放出しながら回避運動を取っていた。
「どこ!? 敵機なんてどこにも映ってないのに!!」
そう叫んだ機長の正面には、今まで盾にしていた”積乱雲”が見えた。
さらに言うなら、その中から4機の日の丸を付けたF-35B戦闘機が、飛び出してきたのだ。
「バカな!! 積乱雲の直下を突っ切ってきたって言うの!? ただでさえ飛行難度が高い夜に…………! フレア・チャフ放出!! 回避運動!!!」
「了解!!!」
最大速度で、急激に高度を落とすKJ-500。
激しいGに襲われながらも、乗組員は最善を尽くした。
「アクティブ波検知! この終末誘導方式は……アムラームです!!」
副機長の言葉と同時に、近くを飛行していたJ-20戦闘機が炎に包まれた。
雲下からの奇襲によって、護衛戦闘機は何もできず撃ち落とされる。
このままでは同じ末路だ、一刻も早く手を打たねば。
「チャフ! 放出!!」
「はい!!!」
天井のスイッチを叩いた。
ほぼ垂直にまで傾いた機体から、大量の金属片がばら撒かれる。
指令誘導状態に入っていたアムラームは、チャフの乱反射によりレーダーが攪乱。
KJ-500を掠めて爆発した。
「やった!! 回避成功!!」
「油断しないで!! 日本軍機はまだ食いついて来てる!! この機体だけは落とさせない、低空飛行で逃げ切るわよ!!」
「でも機長!! この先は福建省の中心街です! まだ民間人が……!!」
「このデュアルバンドレーダー搭載機が優先よ! 高度下げて!!」
サイバー攻撃により停電した福建省中心地に、ジェットエンジンの音が鳴り渡る。
運河をなぞるようにして、KJ-500はビルよりも低い高度で逃げ回った。
「アラート!! 真後ろに付かれてます!!」
海自のF-35Bが、2発のAIM-9Xミサイルを発射。
向こうも練度は非常に高く、建造物を縫って追撃していた。
「次はフレア放出!! 同時に右へ急旋回して!!」
今度はフレアと呼ばれるデコイ用熱源を、大量に射出。
高層ビルに激突寸前の軌道で、旋回を行った。
機長の狙い通り、海自のミサイルはフレアによる妨害で目標をロスト。
サイドワインダーは高層ビルのド真ん中へ直撃し、建物を粉砕してしまった。
だが、速度差もあり振り切ることは不可能だ。
「振り切れません!! またロックオンされました!!」
「フレアを!!」
「ダメです!! もう残っていません!!!!」
後方のF-35Bが、さらに追加で2発のミサイルを発射。
ここまで必死の回避を見せて来たKJ-500だったが、遂に命運が尽きる。
「逃げ切れ––––」
大型の機体が、ミサイルの直撃によって激しく燃え上がった。
コントロールを失ったKJ-500は、直線上にあった運河へ墜落……。
乗員は全員が戦死し、虎の子の機体は破壊された。
「こちらストライク1、HVT撃墜。目標を運河へ追い落とした」
『了解、HVT撃墜を米英艦隊に打電。これより中国海軍を殲滅する、SAMを迂回して帰投せよ』
ほぼ同時刻。
グアムを離陸した米空軍のB-1B戦略爆撃機およそ12機から、L-RASMステルス空対艦ミサイル72発が発射された。
標的は、『福建』艦隊に合流しようとする残存中国海軍だ。




