第363話・あまりの美味しさで……
【鳴いたあああああああああ!!!!】
【よっしゃあ!! 無様陥落!!】
【良い笑顔だよー、四条2曹もっと映してー】
【はいこっち向いてー、ピースしてー】
あれだけ見事なドヤ顔を見せてからの即堕ち。
哀れと無様と圧倒的可愛さを晒したテオドールに、コメ欄も大盛り上がりだ。
「こ、こんなにスープが濃いなんて……!! まるで何かいけないポーションの原液を飲まされた気分です!」
【例えが危ないよほえちゃんw】
【いけないポーションってなんだよ】
【スープだけでノックアウトか、ez】
必死に語彙力を総動員して、なんとか味を表現しようとするテオドール。
一方の普段IQが高い姉はというと––––
「ふぇー! ふぇー!!」
2口目のスープを飲んだ衝撃か、言語野が2歳児レベルまで後退していた。
もはや彼女に威厳は無い。
ただ眼前のラーメンに鳴かされる、幼い少女だ。
「おいおい執行者さんよ、これで勝負がついちゃ面白くない。ぜひ麺もすすってみて欲しいもんだな」
店主の勝ち誇った言葉に、敗北を確信したテオドールは震えてしまう。
「す、スープだけでこれなのに……ッ! 麺まですすってしまったら、きっと正気じゃいられません!!」
「熱々が食い時だぜ? ほら、保護者さんたちはもうとっくに堕ちたぞ」
ハッと隣を見るテオドール、そこでは。
「うっめ、マジうんめぇ! こんな濃厚なスープに搦めて食べたことない」
「し、仕事中なのに……ッ!! 箸が止まりません……!!」
精神リンクで消耗した透と四条のマスター2人が、脇目も振らず麺をすすっていた。
普段は見せない英雄たちの姿に、爆笑を隠せないコメント欄。
その顔は食欲旺盛な自衛官らしく、非常に幸せそうだ。
「そ、そんな……ッ! 透と四条がこんなに呆気なくやられるなんて……」
「ふぇー!!」
「お姉ちゃんにいたっては言葉が出てない……ッ!」
完全包囲されたテオドールに、もはや逃げ道は無い。
ここで自分までトロ顔を晒しては、東京を護った偉大な執行者の名折れ。
今度こそ冷静なリアクションをしようと決めて––––
「ズズッ……ッ」
思い切って麺を口に入れた。
瞬間。
「むぐっ……ッ!!?」
舌の上で広がったのは、今まで感じたことのない程に濃厚な醤油と豚骨。そしてエッセンスとして加えられた魚介の香り。
熱々のスープがたっぷり絡んだモチモチ麺は、嚙み切るたびにプツッと爽快な音を立てて千切れる。
まるで何日も漬け込んだ骨付き肉を、思い切り頬張ったような暴力的風味。
しばし金眼を開けて咀嚼したテオドールは、飲み込んでから––––
「ほぇ……ッ」
その透明な瞳から、”涙”が零れ落ちてしまう。
夢にまで見たお店ラーメンは、まさしく期待以上の物。
何度も脳内でシミュレートした予想を超えられ、感情がオーバーフローを起こしてしまった。
「ウグッ……ッ! グスッ、ほえぇ……ッ」
あまりの美味しさに、食べながらとうとう泣きだしてしまう。
「て、店長! ティッシュありますか!?」
「お、おう! はいよ!!」
慌てた透が、すぐさま号泣する眷属の顔を拭いてあげる。
涙目を店主に向けながら、執行者テオドールは己の本音を作り手へ届けた。
「すごく、美味しい……ッです。ぐすっ。わたしの負けです……ッ。参りましたぁ」
「そ、そんなに感動されたら……俺まで泣きそうになっちまうな。長いことやってきたが過去一嬉しい言葉だぜ……ありがとうな」
「ほえぇぇ…………ッ」
大粒の涙をボロボロと流しながら、夢中で麺をすするテオドール。
まさか過ぎる決着に、コメント欄が湧き上がった。
【あのほえちゃんを号泣させる味!!?】
【戦闘機と戦っても動じなかった執行者を、こんなにアッサリ陥落させてしまうのか……】
【泣き顔可愛い過ぎ、嬉し泣きがこっちまで伝わってくる】
【もらい泣きした、店主さん……罪過ぎるぜ】
空襲直後の癒しラーメン配信は、視聴者のハートをガッツリとキャッチ。
同接数は1億2000万。後に公開されたアーカイブは3億再生以上を記録。
なんとこれは、透たちが第1エリアを攻略した動画と同レベルの数字だった。