第364話・ベルセリオンの才能
涙あり、笑いあり、癒しありの超特大配信が終わって10分。
無事に目的を果たした透たちは、名残惜しくもラーメン店を後にした。
「みなさーん! また会いましょうねー!!」
「じゃあな、勉によろしく頼むよ。今度また本土に降りてくることがあったら連絡してくれ、さらに美味い店へ連れてってやる」
護衛の任務を無事完遂した真島と氷見の公安ペアが、報告のため警視庁へ帰っていった。
その際、執行者たちからは。
「はい! 楽しみにしています!! 真島、案内ありがとうございました」
「氷見もお疲れ、元気でね」
今回の旅行で相応に絆が育まれたのか、笑顔で黒バンを見送る。
どうやら2人の中で、真島は美味しい物を奢ってくれる親戚のおじさんポジションになったようだ。
「じゃ、俺らも回収開始するか」
最初に横須賀から使った車で、透がナビをセット。
まず着いた先は––––
「あっ、隊長ー! こっちでーす」
––––自衛隊総合中央病院。
エントランスで快活な声を出したのは、第1特務小隊の久里浜だった。
服装は白色の病院服で、長い茶髪はポニーテールで纏められている。
その見た目はあちこち包帯やガーゼを巻いており、腕は骨折したのか固定器具と包帯で吊るしていた。
かなり痛々しい見た目だが、本人は割と元気そう。
「お疲れ様です千華ちゃん、ここまでやられたのは結構珍しいんじゃないですか?」
心配する四条の言葉に、久里浜は正反対なドヤ顔を見せた。
「ロシアの特殊部隊相手に、50対2で生き残ったんですから大勝利ですよ先輩」
「それもそうですね、ところで……坂本3曹の姿が見えませんが?」
周りを見渡す四条に、久里浜も疑問符を浮かべながら回答した。
「なんかSの先輩たちが”用がある”って言って、そのまま習志野駐屯地へ連れて行っちゃいました。なんでしょうね?」
「うーん……格上相手に一般部隊の自衛官が奮戦したんですから、お礼でも言われに行ったんじゃないです?」
「かもしれませんね、ところで––––」
四条に近寄った久里浜が、小声で呟く。
「”例のブツ”、ちゃんとありますよね?」
「えぇ、ありますよ。ここでは目立ちますので、個室に行きましょうか」
ニッコリと穏やかに笑う四条。
一同は貸し切りの部屋へ移動。
そこで、久里浜は我慢していた欲求を解き放った。
「ベルセリオンちゃーん! 治癒魔法ちょうだーい!!」
思い切り抱きつかれながら、執行者ベルセリオンはウザそうな顔で返す。
「アンタ、わたしの魔法があるからこんな無茶したわね?」
「だって我が隊の誇る最強ヒーラーだし、錠前1佐からもそのつもりでって言われたもん」
「あのアノマリーめ……、自分が治癒魔法使えないからってわたしに押し付けたか」
彼女の脳内で、「イェーイ!」と親指を立てる忌々しいグッドルッキングガイの顔が浮かんだ。
すっかりこの変わった小隊に馴染んだことは良いとして、こういう事態に自然とあの狂人が浮かぶ自分に少し嫌気。
「おーねーがーいー!! もうさっきから鎮痛剤切れてめっちゃ痛いの! 早く楽にしてー!」
「わかったから離して! そこに座りなさい」
一応怪我人なので、大人しくさせる。
初めて魔法を体験するからか、久里浜はウキウキしていた。
大技発動の現象として、ベルセリオンのサイドテールに括られた水色の髪が光った。
「”星芒、癒しの波紋、時を縫う銀の糸” 」
効果を最大限高めるため、本来省く詠唱を行う。
治癒魔法は、ごく僅かの人間にしか使えない超高等技術だ。
それも自分ではなく、他者へ施すとなればその難易度は桁違い。
テオドールはもちろん、その師匠であるエクシリアや大天使でもできない芸当。
まさしく、ベルセリオンの持つ真の才能と言えた。
「『治癒魔法』!」
全員が「魔法っぽい!」と思った瞬間だった。
「わぁ……っ」
さっきまで内臓損傷、腕部複雑骨折で苦しんでいた久里浜の身体が、あっという間に治癒された。
包帯を外してみても、アザ1つ残っていない。
まさにファンタジーな出来事に、久里浜は感激した。
「ありがとーベルセリオンちゃん!」
「べ、別に……マスターのエリカがやれって言うからやっただけだし……」
「それでもありがと」
照れくさそうにしながらも、ベルセリオンはお礼だけを受け取る。
「どうしよエリカ、ここって怪我した人が大勢いる施設なんでしょ? 他にも治したい人いる?」
その問いに、四条は迷いなく返答した。
「いえ、幸いにも重傷患者はいないようですので、誰にも知られない内に引き上げましょう」
「意外ね、もっと治療しろってグイグイ来るかと思ってたけど」
「……確かに貴女の魔法は魅力的ですが、この事は隊内での秘密にするべきと、錠前1佐や透さんから特に言われているんです」
理由は明確だった。
「まず厄介な医療利権と正面から衝突します、何より病院が受け持つべき全ての患者さんがベルさんに頼ってしまいます。さっきの通り、他者への治癒魔法は本来必要ない詠唱までいるほど高難度……貴女の負担を鑑みても、平時は身内のみの使用に限るべきと結論が出ています」
これは、大天使サリエルが以前駐屯地を奇襲した際、ベルセリオンが負傷した秋山を治癒した時に出た議論。
監督官の錠前と、小隊長の透が一晩ジックリ話し合って決めたのだ。
また、この事は統合作戦司令官や防衛大臣、一部の信頼できる閣僚にしか伝えていない。
それほどまでに、彼女の治癒魔法は取り扱いに注意が必要。
最悪、今は友好的なアメリカや欧州までその力を強引に欲しかねないのだ。
「まぁ確かにキリが無くなるのは事実か、良かったわね久里浜千華。役得よ」
「わーい」
治療を終えた一同は、最後に坂本を迎えに行くべく習志野駐屯地へ向かった。
一方その頃––––
「さーって、今日はもう客入れないし。店じまいすっかねー」
先ほどみんなで食事をしたラーメン屋では、店主が閉店の準備を開始していた。
メニューの載った看板を片付けようとした時。
「あ?」
「しまっ––––」
全身をボロボロにした”大天使ウリエル”が、路地裏からノソノソと出て来た。




