第360話・みんな仲良し? つゆみ組
東京湾大空戦。
戦後最大級の航空戦が終了し、日本国内は大騒ぎに包まれていた。
【昼のアレみんな見たよな!? まさかこんな空戦が自分の真上で繰り広げられるなんて……!】
【自衛隊の基地が結構やられたらしいけど、どうやって撃退したんだろう】
【いや、滑走路はすぐに復旧したって聞く】
【でも空白期間があったろ、その間にどうやって時間を稼いだんだ?】
自衛隊の基地は、常時マニアがウォッチしているため、今回の中国軍による爆撃もネットにアップされていた。
中には滑走路ごと、離陸途中だった米軍のC-130輸送機が吹き飛ばされるという、衝撃的なものまで含まれている。
この件に関し、空戦終了から1時間経った現在……米国のホワイトハウスは沈黙を貫いている。
しかし、衛星情報を観測していたウォッチャーからの速報によると、横須賀に帰投途中だったアメリカ海軍第7艦隊––––総数8隻が180度反転、フィリピン海方面へ移動を開始したと流れていた。
原子力空母ジョージ・ワシントン改率いる世界最強の艦隊は、それを最後に位置情報を切って姿をくらませた。
また、グアムに大規模な戦略爆撃航空団が集結を始めたとの情報もあるが……この辺りはまだ噂の域を出ない。
だが、なにより確かな真実があった。
【俺見たぜ、SFに出てきそうなスーツを着込んだ執行者が、自衛隊の増援が来るまで中国軍機と戦ってたんだ!】
【わたしも見た!! 新海3尉と四条2曹に送られて、空に飛んで行ったの!】
【さすが俺たちのアイドル……!! お礼にたくさんご飯奢ってあげたい】
【私たちを護ってくれた女神だ!!】
フィクションも良い所な執行者姉妹の戦闘は、ネットを通じて瞬く間に拡散。
東京湾で奮闘した『まや』の話と合わさり、世界のSNSトレンドを独占した。
#ほえふえ姉妹にご馳走を!
#自衛隊ありがとう
#うわぁ幼女つよい
などのハッシュタグが、およそ見たことのないレベルで乱立している。
そんなネットの様子を、黒バンの助手席で満足気に見ている男がいた。
「いやー、素晴らしいね。みんなのおかげで被害は最小限。まさしく期待した通りだったよ」
スマホから顔を上げたのは、少し長めの黒髪を持った女子ウケの良さそうなイケメン。
現代最強の自衛官、錠前 勉1等陸佐だった。
彼は珍しく私服姿をしており、隣で運転する親友へ目を向ける。
「だから言ったろ? 僕がいなくても日本はなんとかなるって」
この言葉を受けたのは、黒いスーツを着た強面の男。
「確かにそうだが……、もし勉が最初から加勢してればもっと楽に片付いたろ。みんなの負担……結構大きかったぜ?」
ハンドルを握りながら深く呟いた真島に、同じく公安の氷見が続いた。
「そ、そうですよ錠前さん! なんとかなったと言っても奇跡の綱渡りでしたからね!? 一歩間違ってたらどれだけ被害が出ていたか……」
氷見はまだ錠前に怯えているのか、少し引き気味だ。
そんな彼女と正反対に、隣へ座った大人な女性は気安く返す。
「錠前くんに言わせれば、もしやられても皆の力はそこまでだった……って感じじゃない?」
冷めた目で言ったのは、錠前と防衛大で同期だったダンジョンの美容員––––秋山美咲だった。
彼女も今朝に東京へ降りており、錠前が出張で使う飛行機までの時間……デパートで買った荷物の持ち役をやらせていた。
こんな恐ろしい所業ができる人間は、世界でも僅かだろう……。
「さすが美咲、僕のことわかってるね♪」
振り向きながら親指をグッと上げた錠前に、秋山はウンザリしたような表情を向ける。
「それやめて、わたし錠前くんの理解者になんか一生なりたくないから」
「美咲は冷たいねー、出張ついでに買い物付き合ってあげたのに」
「男は黙って女の荷物を持つ、これ常識だから覚えておいて」
そう、現在このバンには錠前勉、真島雄二、秋山美咲、氷見玲奈の4人が仲良く?乗っていた。
言わずもがなだろう、氷見を除いて化け物の群れと言って良い。
こんな人外連中の乗るバンに押し込まれた氷見としては、普通の人間としてたまったものではない。
サッサと逃げたいがため、話題を変える。
「そ、そういえば新海透さん達とは、いつ合流するんです?」
元々、真島と氷見は透たちと行動していた。
戦いを終えたテオドールとベルセリオンを迎えに行くため、本当なら全員で市ヶ谷へ向かうはずだったのだが……。
「ごめんねー真島くん、わざわざ呼び出しちゃって」
スマホを触りながら、秋山が軽く言う。
なにを隠そう、彼女が買い物を終えたのが東京湾大空戦の直前だったので、帰りにダンジョンへの定期便がある市ヶ谷まで送って欲しいと連絡。
言ってしまえば、体のいい足にされたというわけだ。
「そりゃ良いが、俺は執行者姉妹に美味いラーメンを食わせる約束をしてるんだ。市ヶ谷に着いたらそこですぐ下ろすからな?」
「それで大丈夫。ってか聞いたよ? 食通の君が珍しく認めたらしいじゃん。あの防衛大で一番こじらせてた真島くんが気を許すなんて……やっぱベルちゃん素質あるわー」
「うるせえ、もう着くから準備しろ」
車が市ヶ谷駅前まで来る。
周囲は警察や消防だらけで、近くには墜落した解放軍機がビルの屋上へめり込んでいた。
奇跡的に死者はいなかったが、相応に負傷者は出たらしい。
マスコミや野次馬が、バリケード越しに殺到しているのが窓から見えた。
「あーヤダヤダ、どうして日本はこう隣国に恵まれなかったんだろうね」
黒焦げになったJ-15戦闘機の残骸を見ながら、秋山が一言。
今や世論は戦争待ったなしの空気となっており、中国への報復が叫ばれていた。
それもそうだろう、自衛隊や執行者は極力海上で敵機を落としたが、そう都合よくはいかなかった。
一部の機体が、都内のあちこちに墜落……炎上を起こしていた。
メディアが撮ったヘリからの映像では、港区の高級高層マンションが大きく燃えている光景が映っている。
こんな映像が流れるのは、ウクライナの首都キーウ以来だった。
大規模な武力衝突は、もはや避けられないだろう。
「大丈夫」
サングラスの奥で魔眼を覗かせた錠前が、長い足を組む。
「ちょっと早いけど”時期”が来ただけさ、美咲はベルセリオンくん達に食べさせるデザートでも作っててよ」
「……それ関連で気になってたんだけどさ、錠前君。こんな事態に一体どこへ出張へ行くの?」
「あぁ、それは––––」
その時だった。
––––ドンドンドンッ––––!!!
助手席側の窓が激しく叩かれる。
ふと見れば、そこには傷だらけのロシア人が数名立っていた。
特に気にするでもなく、錠前は窓を開けた。
「おいお前ら……! バンから降りろ、静かにだ。さもなければ殺す」
よく観察すれば、彼らは上着の下にマルチカム迷彩の戦闘服を着ている。
右手には当然のごとく、拳銃が握られていた。
間違いなく、昨夜坂本と久里浜が戦ったロシア人部隊の敗残兵だ。
「……君たち、何者?」
楽しそうな顔でサングラスを上にあげる錠前。
面倒くさそうにため息をつく真島。
やれやれと首を動かしながら、果物ナイフを握る秋山。
どうやらレオニード中尉は、今生での運を既に使い切ってしまっていたようだ。




