第359話・決着! 東京湾大空戦!
「お姉……ッちゃん!?」
テオドールの眼前で、剣の勢いが殺される……。
最大出力まで上げた防壁に加え、執行者ベルセリオンが……自らの身体でもって、妹に向かっていた狂刃を止めたのだ。
「言ったでしょ……、わたしはアンタの……ゲホッ。"お姉ちゃん”……だから」
墜落していくベルセリオンを、テオドールはすぐさま追いかけてキャッチ。
とにかく急いで、とりあえずの陸地としてダンジョン外延部へ降り立った。
ヘリポートの傍で、瀕死の姉を下ろす。
「お姉ちゃん……!! お姉ちゃん!!!」
既に刺さった剣は本人によって抜かれており、常人なら即死する量の出血をしている。
半泣きで叫ぶテオドールに、ベルセリオンは優しく笑みを見せた。
「だ、大丈夫……致命傷じゃない。でも治癒魔法が効くまでに数分かかる……だからっ!!」
口から血を溢れさせながら、ベルセリオンは目一杯の力で妹の肩を掴んだ。
「アンタが決めなさいッ……! テオドール」
「ッッ…………!!」
「大丈夫、アンタはわたしの妹……絶対に勝てるから。自分を信じなさい。不覚の反省は……後でいくらでもやって良いから!」
そうだ。
今は起きたことを悔やんでいる暇など無い。
姉が繋いでくれたバトンを持って、最後まで走りきる。
それが偉大な姉の妹として、最優先されるべきことだった。
「話は終わったようだな? 貴様を仕留め損なったのは痛いが……まぁ結果オーライだ」
ウリエルの従える『ゴモラ』が、彼の前で静止した。
「君たちが勝ったことは認める。だが私は諦めの悪い騎士として有名でね……視聴者の手前。最後まで恰好をつけさせてもらおう」
直後だった。
大天使ウリエルは持ちえる全ての魔力を、『ゴモラ』へ注ぎ込んだ。
中国軍を転移魔法で大量に送り込んだ時以上、まさしく感じたことの無い莫大な魔力出力に……テオドールはもちろん、遠隔で同期した透も汗を出す。
だが、2人には焦りなど微塵もない。
『テオ、お前の得意でやってくれるようだぞ』
不敵に笑った透の声と同時に、テオドールは剣を亜空間へしまった。
全身を覆う魔力が燃え上がり、長く柔らかい銀髪が光り輝く。
「えぇ透、見せてあげましょう。わたしが一体なんなのかを!」
青空、ダンジョン、ミサイルの白煙……。
それらに囲まれた東京湾上空で、2人の存在が己の矜持を掛けて––––全身全霊、本気の技を出す。
「光属性魔法––––”暁天一閃”。『極ノ槍』!!!」
ウリエルの『ゴモラ』から、魔法戦の極地である暁天一閃が放たれた。
全ての攻撃魔法の頂点。
眩く輝くレーザーが迫る中、執行者テオドール……もとい。
自称”宇宙戦艦の主砲系女子”は、渾身の一撃を撃ち放った。
「『二連装・ショックカノン』ッッ!!!」
テオドールの両手から、青白いビームが発射された。
ギュルギュルとねじれながら一体化したそれが、ウリエルの『極ノ槍』と衝突。
太陽のような閃光を、湾上空に発生させた。
「ぐぅううッ……!!」
今度は剣ではなく、エネルギー同士での激しい鍔迫り合い。
青と赤の魔力がそれぞれぶつかり合うが……。
「無駄だ、魔力出力で私の右に出る者は存在しない。貴様だけは––––ここで私が仕留める!!」
ウリエルの魔法出力が、数倍に跳ね上がった。
そのパワーは、かつて戦ったアノマリーであるリヴァイアサンに近いレベル。
空戦で消耗した状態のテオドールでは、とてもではないが勝てない。
「ウグッ……!! うぅッ!!」
足裏の地面がえぐられていく。
相手の魔法が近づいてきたことで、熱風が顔と髪を覆う。
およそ8対2の状態まで押し込まれたあたりで、テオドールは顔に諦めを浮かびかけ……。
「諦めんじゃ……! ないわよ!!!」
正気に戻される。
なぜなら、魔法を放つテオドールの背後で……負傷したベルセリオンが優しく抱擁したのだ。
「お姉……ちゃん!」
「大丈夫!! アンタなら勝てる! あんなヘナチョコ魔法––––サッサと押し返してみなさい!!! 運も必然も、全部テオドールの味方だから!!」
偉大な姉の言葉は、直後に現実となった。
『全機! 編隊構成完了!』
『よし! あの膨大な熱エネルギーのおかげでようやくロックができる。空域内の全戦闘機は、全力で執行者の援護を行え!!!』
中国軍戦闘機を驚異の技量で殲滅した航空自衛隊機が、高速でウリエルへ突進を行う。
さらにその動きは、海上でも同じだった。
『全護衛艦隊へ! 残った全てのミサイルを使い、執行者を援護せよ!! 出し惜しみは無しだ! 撃ちまくれ!!!』
洋上を航行していた護衛艦『まや』、『きりしま』、『おおなみ』が隊列を整える。
ミサイル誘導用のFCSが、上空へ向けられた。
『全機! 全兵装発射!!』
『ESSM、一斉発射!!!』
航空自衛隊の戦闘機、および海上自衛隊の護衛艦隊から、ありったけの対空ミサイルが発射された。
センサーはウリエルの放つ赤外線を完璧にロックしており、必中は確定。
「くそッ!!」
反射的に、ウリエルは自身の周囲へ大出力の魔導防壁を展開。
ミサイルを防ぐことに成功した。
しかし、それはその分だけ––––『極ノ槍』へのリソースが減ったことを示す。
訪れたチャンスを逃すほど、執行者テオドールは甘くない。
もう燃え尽きても構わない、この一撃で日本を守る。
透とベルセリオンから残った魔力を引き継いだ彼女は、最大出力––––”エネルギー充填120%”の全力を放った。
「爆雷––––波動砲オオォォォッッッ!!!!!!!!!!」
膨れ上がった異次元のエネルギーが、テオドールの両手から撃ち放たれた。
圧縮・解放された魔力粒子の爆縮放射は、ウリエルの奥義を飲み込んで余りあるほどに突進。
光に照らされた大天使は、ついに真の勝敗を悟った。
「……認めよう、君たちの方が強いと」
極太の『爆雷波動砲』が、ウリエルを包み込んだ。
そのまま直進したエネルギー流は、遥か先にある高空の電離層を割りながら大気圏外で爆発。
凄まじい輝きを放ち、昼間にも関わらず……東日本全体へオーロラを発生させた。
「はぁっ……、はぁっ……!」
全てを出し切ったテオドールは、姉と一緒にその場で仰向けに倒れた。
輝いていた銀髪が、ゆっくりと元に戻っていく。
「んっ」
隣で倒れていたベルセリオンが、柔らかい笑みと一緒にグーを向けて来たので––––
「うん!」
テオドールもまた、グーで手を合わせた。
オーロラと陽の光、そして青空が……幼くも強い少女たちを祝福する。
「だーっ……!! 疲れたぁ……」
精神リンクを解除した透が、大汗を流しながら背もたれに掛ける。
その横では、同じく汗だくで同期を解除した四条が笑顔を向けていた。
「お疲れ、透」
「衿華もな、ったくギリギリ過ぎる……テオにアニメを履修させといて良かったよ」
「まったくです、でも……」
少し笑った四条が、屈託のない声で告げる。
「サポートしてる透も、凄くカッコよかった」
「……ッ、義務を果たしただけだ。俺はテオの親代わりだし」
溢れ出る照れと笑みを隠すべく、透はひとまず横を向いた。
日本の首都を脅かしたこの一大決戦は、後に”東京湾大空戦”と呼称されることになる。
そして、一線を越えた中露への反撃は––––ここから始まるのだ。




