第355話・東京湾大空戦
「伊良部艦長……、我々は夢でも見ているのでしょうか……?」
スクリーンに映し出されたのは、まぎれもなく……昨日会った執行者だった。
何やら白銀のスーツを纏っており、それによって空中を音速で駆け回っていた。
その機動性は、以前に演習で見たF-22戦闘機を上回っている。
『こちら横須賀司令部! その魔法少女は味方だ、決して誤射するな』
「こちら『まや』、この事態です……まずは事実のみを受け入れます。指示に変更は?」
『シンプルだ。彼女たちと連携して防空戦闘を継続、関東の興廃––––この一戦にアリと心得よ』
レーダー上で、ダンジョンへ向かっていた戦闘機が2機……瞬きながら消える。
信じられないことだが、あの魔法少女たちが戦っているのだ。
艦長の伊良部は、改めて帽子をかぶり直した。
「日本の空を、異世界の少女たちだけに任せるわけにはいかん。各員––––全力をもって応戦。彼女たちを援護せよ!!」
『まや』が士気を取り戻した頃、上空ではテオドールとベルセリオンが、J-15戦闘機と激しく交戦していた。
「空さっむ!!! 魔力無かったらこんなん耐えられないわよ!!」
「お姉ちゃん! 何機か食いついてる! そっちで引きつけて!!」
「わかってるわよ! ちゃんと仕留めなさい!!」
足裏と羽根から魔導ジェットを噴射し、マッハ2.1まで加速。
2機のJ-15戦闘機を、引き付けた。
「わっ!!」
ベルセリオンの傍を、機関砲弾が掠める。
当たれば即死……全力で回避する中、妹の準備が整った。
「はい! 後はお願い!!」
急制動&急旋回を行い、射線から離脱するベルセリオン。
目標を見失った中国軍機の上空から、急降下する物体が光った。
「だあああぁぁあああッ!!!!!」
マッハ3まで加速したテオドールが、急降下奇襲を仕掛けたのだ。
攻撃に気づいたJ-15の機関砲による弾幕を、人間離れした視力と動きで回避。
交差と同時に、テオドールは剣でJ-15を2機、翼をぶった切ることによって撃墜した。
空中で発生した爆発を背に受けながらも、テオドールはすぐさま姿勢転換。
ベルセリオンと合流しようとした。
『テオ!! 7時方向、上げ3から敵機だ!!』
「ッ!!」
脳内に透の警報が響く。
想定外の戦力に衝撃を受けながらも、解放軍は冷静に対処を行っていた。
彼女のさらに上空で待機していたSU-27フランカー戦闘機2機が、空対空ミサイルを発射しながら急降下してきたのだ。
すぐさま緊急回避を行い、神技とも言うべき動きで追尾してくるミサイルを避けていく。
スラスターとジェットを使って逃げ回るが、ミサイルは魔導スーツの噴射熱をガッチリとロック。
「うあッ!!」
近接信管が爆発。
だが、テオドールはかろうじて魔導防壁を張ることで防いだ。
それでも追撃は終わらない。
砕けたバリアと煙を突き破り、SU-27が機関砲を連射。
数では向こうが圧倒的に上のこの状況。
フルアーマー化した執行者をもってしても、第4世代戦闘機の相手はギリギリ。
「くっ! うぅッ!!」
必死に避けるが、次第に機関砲が近づいてくる。
透の回避指示も虚しく、ついにSU-27のHUDに付いた照準レティクルが、テオドールを捉えて––––
「はわぁッ!?」
テオドールを狙っていた2機の戦闘機が、突然爆発を起こした。
爆風で吹っ飛んだ彼女は、姿勢を戻しながら海面を見た。
そこには、ミサイルの白煙を残したイージス護衛艦『まや』が見える。
彼女を狙っていた解放軍機を、『まや』は的確にESSMで迎撃。
テオドールを守ったのだ。
無線は繋がっていないが、お互いの考えは既に読み合えている。
合流したベルセリオンが、背中を合わせながら口開く。
「このまま闇雲にやっても効率が悪い、『まや』を起点に動いて自衛隊と協力しましょう」
「わかった、本命の場所は見つけられそう?」
「あと2分ちょうだい、敵機を減らせればこの騒ぎの元凶……大天使を捕捉できる」
「いいよ、連中にはラーメンの恨みがあるの。全員生きては帰さない」
散開し、戦闘を継続する。
本来、この魔導スーツにこれほどのスペックは存在しない。
エルフが着たところで、せいぜいワイバーンと互角が精いっぱいだ。
ではなぜ、ここまで規格外の強さになっているか。
答えは単純だった。
「『ショック・カノン』!!」
右手から伸びた青白いビームが、薙ぎ払うように中国軍機を叩き落とす。
攻撃の隙を突こうと近寄れば、すぐさま『まや』が対空ミサイルを発射。
近距離から放たれたESSMを避けることはほぼ不可能で、イージス艦の不可侵領域に入った戦闘機は例外なく落とされる。
自衛隊と執行者姉妹は、完璧な連携で次々と敵機を撃墜していた。
「このスーツ……凄い、いつもの何倍も魔力が出せる」
感嘆するテオドール。
先ほども言ったが、この魔導スーツのスペックはここまで高くない。
これほど高次元な戦闘を可能としているのは、まさしく彼女たちが––––
「だあぁぁ!!!」
世界に1人と言われる執行者だからに他ならない。
さらに言えば、マッハを軽く超える飛行も……いつもの彼女たちでは不可能だっただろう。
これは真島が前日に質の高い料理をたらふく食べさせ、さらにしっかり睡眠を取ったことで……一時的に”ブースト”が掛かっているためだ。
子供を楽しませたいという純粋な大人の優しさ。
日本の美味しい食事がリアル、そしてフィクションを凌駕する戦闘を可能としていた。
その魔力出力は、一時的とはいえ……師匠のエクシリアはおろか、あの錠前勉に匹敵するものだった。
「まだいけそう!? お姉ちゃん!!」
「余裕よ! アイツらの燃料だって有限のはず。もうすぐしたら自衛隊の増援も来る、時間はこっちの––––」
そう言っていたベルセリオンが、いきなり叩き落とされた。
「ぐぁッ!!」
姿勢制御もむなしく、海面へ高速で墜落してしまった。
「お姉ちゃん!!」
見上げれば、ベルセリンを叩き落とした本人が……空を背に浮いていた。
「思っていた以上だな、執行者。正直……見くびっていたよ」
白色の翼を広げ、その手で拳を構えた大天使ウリエルが、テオドールの前に現れた。




