第351話・南西諸島急襲
場所は遠く離れて南へ––––
かつて錠前勉が訪れ、バカンスを逃した場所である沖縄県 那覇市。
海沿いに広く敷設された航空自衛隊 那覇基地にある待機部屋で、大きなアラートが鳴り響いた。
「スクランブル––––––––!!!!!」
待ち構えていた航空自衛官たちが、一斉に飛び出す。
ハンガー内で整備士と共に、愛機のF-15Jが待機していた。
素早く乗り込み、あっという間に4機の戦闘機が滑走路へ並んだ。
『"Naha Control to Eagle units, you are cleared for takeoff, Runway Two."(こちら那覇コントロール、イーグル各隊へ、第2滑走路からの離陸を許可します)』
「"Roger, taking off." (了解、離陸する)」
轟音を立てて、F-15J戦闘機が続々と離陸。
今回は通常のスクランブル発進と違い、後続でさらに16機。
合計で20機のF-15Jが出撃した。
沖縄方面防空を担う、南西方面航空隊の全力出撃に近い。
なぜか、その答えがすぐさま無線で知らされる。
『AWACSより警報!! 国籍不明機は中国沿岸部より進軍を継続中、レーダー上の反応から戦闘機84機、後方100キロに戦略爆撃機10機を確認。各部隊は指示に従い迎撃せよ』
緊張が一気にのしかかる。
普段のスクランブルなら、せいぜい2機……多くても10機に届かない。
それが、なんの前触れもなく90機以上の戦爆連合で押し寄せてきたのだ。
ウクライナの件もある。
パイロットたちは、いよいよ台湾有事の前兆かと身構えた……。
「イーグル1よりAWACS、武器使用の可否はどうなっている?」
『こちらAWACS、ダンジョン関連法案により防衛出動発令は現在も継続中。ただし、先制攻撃は認められていない。自衛に徹し、無線での通告を行えとのこと』
舌打ちするパイロット。
既に散々中露や北朝鮮に攻撃されているのに、政府は未だにグレーゾーン事態として処理を行っていた。
北朝鮮への報復は、相手の通常戦力が過小だったから踏み切ったに過ぎない。
中国空母『山東』撃沈も、アメリカが裏で押さえとして機能していたからできた事。
ダンジョンの恩恵で横並びになったとはいえ、まだ日本の政治家は中国に畏怖を抱く者が多い証左。
リーダーは無線で続けた。
「相手の編成から、沖縄本土空爆の可能性が高いと思われる! 攻撃の意図アリと認む!」
『焦る気持ちはわかるが、相手は中国だ。歩兵同士の非正規戦とは訳が違う。太平洋では空母も沈めてしまった……刺激せず、様子見しろと官邸は言っている』
「……ッ」
忌々しい話だった。
もし今すぐにでも攻撃命令が出たなら、パイロットたちは沖縄防衛のために引き金をひく覚悟だった。
20機のF-15Jなら、AAM-4の先制射撃で40機は叩き落とせる。
『無線による通告を行い、領空に入るようであれば警告射撃を行われたし』
「それだけか!? 既に韓国で海自の航空隊がJ-20を叩き落としてるんだぞ! 前は太平洋でも空母を沈めた! とっくにグレーゾーンなんざ超えてるぞ!!」
『ダメだ、武器使用は領空内で爆撃機の爆弾槽が開いているのを目視で確認した場合に限る! 現場の判断で核戦争の引き金をひいてはならん!』
もう相手との距離は70キロを切った。
これ以上近づけば、中華版アムラームと名高いPL-21中距離空対空ミサイルが飛んでくる。
相手の編成はおそらく、J-15を中心として支援にSU-27やJ-11戦闘機が混ざっているだろう。
F-15Jで正面から戦えば、非常に危険だった。
レーダー上で睨み合う中、リーダー機が再度進言する。
「AWACS! 攻撃許可を求む!! これ以上の接近は危険すぎる!! それができないなら退避の許可を!!」
その鬼気迫った声に押されたのだろう。
AWACSのオペレーターは、しばし黙ってしまった。
およそ30秒が経った後、返答が行われる。
『承認が下りた……攻撃を許可する』
「ッ!!」
すぐさま火器管制レーダーを相手に照射し、前衛の編隊をロックした。
まだ敵機に動きは無い、不気味だがチャンスだった。
「FOX2!!!」
全機がトリガーを引こうとした時、”それ”は起きた。
「なにっ!?」
信じられなかった。
あれだけ大量に映っていた敵機が、一瞬の内に”消え去って”しまったのだ。
攻撃目標を失ったF-15J各機は、当然混乱に陥る。
「AWACS!! そちらで捕捉できるか!?」
『ダメだ! 全機ロスト!! ECMを受けているわけでもない……とにかく、敵編隊がいきなり消えたとしか……』
「そんなバカな話があるか! システムのバグの可能性は!?」
『外部からの干渉は感知していない! 自己診断プログラムも走り続けている! バグの可能性は限りなく低い!!』
なんだ、何が起こった。
あれだけの機体が突然消えるなど、”魔法”でもない限りあり得ない。
だが、現在の日本は……そのあり得ないファンタジーを内包する国だということを、沖縄から遠く離れた東京の人間が真っ先に思い知ることとなった。




