第350話・覚醒四条
––––午前8時30分。
ちょっと遅めの朝ごはんを、ようやく起床した透と四条は食べていた。
形式はバイキングと王道のものであるが、1つ……他の客と明らかに違う部分があった。
「ねぇ、あそこのカップル……凄い量食べてない?」
「私、あんな山盛りのご飯……マンガでしか見たことない」
周囲の客が見つめる先には、これでもかと山盛りの食事を積んだ透と四条の姿。
ウインナー、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、他にも溢れんばかりに料理が盛られていた。
見る人がみれば、横綱の食事風景と思ってもおかしくない。
「……」
「……っ」
会話を交わさず、無言で食べ進める2人。
そんな状態が20分ほど続いた頃、ようやく透が口を食事以外で開けた。
「その……、なんだ。やることやった後って……こんなにお腹減るんだな」
彼のぎこちない笑顔に、一方の四条はツンと見返すだけで、フォークを口に運んでいた。
なんとも言えない空気。
一体どうしようかと思った時、沈黙を破ってやっと四条が声を出した。
「……獣っ」
ボソッと放たれた言葉に、透の背筋がビクリと震える。
「え、えっと……その。なんて?」
「獣と言ったんですよ、この性欲お化け」
「ごめん……」としか言えない透。
それもそうだろう、滅茶苦茶にしてほしいとは言ったが、まさか気絶するまで徹底的にやられるとは想定外。
透としても、度が過ぎたプレイであったのは少し反省している。
だが、当の四条はそれ自体に怒っているわけではなさそうだった。
「……あれだけ人を無茶苦茶にしたんですから、ちゃんと最後まで責任……取ってくれるんですよね?」
「ッ……!!」
ここまで言われ、ここまで進んでおいて、回答を遅らせるのはあり得なかった。
「あぁ、俺の人生は……全部衿華に捧げるよ。その証が昨日の行為だ」
同時に、透も前のめりになって––––
「その代わり、お前の人生も俺にくれ。これが欲しかった答えだろ? 柄にも無く女子特有な察してムーヴしやがって」
新海透は勘の良い人間だ。
このやり取りは、これまでの一歩引いたお付き合いを一変させるものだと理解している。
そして四条衿華という人間は、今日––––ようやく取り繕っていた仮面を剥いだ。
「……ようやく聞けて安心した。目が覚めてから今までずっとダンマリだったもん、少し不安だったわ」
今までと全く違う、明るくも落ち着いた口調。
おそらく、これこそ長らく四条が封印してきた内面。
最愛の恋人である……新海透にしか見せない、嘘や令嬢という仮面を着けていない本当の自分。
「ごめん、俺も初めてで接し方に迷ってたんだ。っつーか、これからずっとその口調でいくわけ?」
「なにか文句ある? “透”?」
「いや、なんか違和感すげくて……しかもお前に呼び捨てされる未来が来るとは思ってなかったっつーか」
「大丈夫」
人差し指を口の前に置いた四条は、あまりにも爽やかな笑顔を向けた。
「この喋り方、透の前でしかしないから」
少し甘えた高めの声。
口調も雰囲気も、今までの彼女からは考えられない。
そのあまりのギャップに、透のフォークを持っていた手が緩む。
「……!! お、おかわり取って来る!!」
心臓へのダイレクト・アタックを食らった透は、そそくさと一時退避。
興奮を収めるついでに、お味噌汁を注ぎに向かった。
「フフッ、わかりやすい人」
悪戯っ子のような笑みを見せる四条。
そこで、彼女が持つ携帯の着信音が鳴った。
食器を置いて画面を開くと––––
『0089778411』
非通知でのSMSが届いていた。
一見スパムかと思えるそれは、2人の楽しい”休日の終わり”を示していた。
僅かに寂しそうな表情をした後、携帯が切られる。
「時間よ、透。練馬駐屯地から呼び出しが来た」
味噌汁片手に席へ戻って来た恋人に、上着を着ながらいつもの凛々しい顔を見せる。
新生四条の言葉に、自衛官らしく味噌汁を一気飲みした透は、すぐさま鞄を持った。
「”例の兵器”か……、異世界の古代品なんて、果たして頼りになんのかね?」
「行けばわかるって錠前1佐が言ってたし、大丈夫じゃないかしら。それに––––」
席を立った四条が、透の手を引きながら続けた。
「透となら、どんな戦場だって駆け抜けられる」
思い出が脳裏をよぎった。
初めて出会い、こんな新米3尉と落胆した顔。
一緒にボスと命懸けで戦い、わかりあえた瞬間。
内に秘める想いを賭けて、サバゲのタイマン勝負をした時。
初めて、お互いの気持ちに向き合った夏祭りのテーブル。
それら全部が、四条衿華という人間と共に歩んできた道。
ならば、返す答えは1つだ。
「当たり前だ、最後の仕上げ––––2人で乗り越えるぞ」




