第348話・真島VSモザイク
攻撃時のみ実体化し、相手の技は一瞬の間しか受け付けない。
そのチート特性を瞬時に見抜いた真島が、開幕で強烈な右ストレートをモザイクに叩き込んだ。
巨大な体躯が怯み、後ろへ後ずさる。
「おいおい、脇が甘いんじゃないか? どこの誰が操ってる人形か知らねーが……”未熟”もいいところだ」
防衛大時代、秋山美咲はナイフ戦闘において錠前勉と互角だった過去を持つ。
しかし彼女は任官拒否後、一切の戦闘訓練をサボっていたため……全盛期の実力はもう無い。
その一方で、公安の道を選んだ真島は––––
「よっ」
「ピギュッ!!?」
連続で決まるあり得ない速度のカウンター。
彼は、今日に至るまであらゆる戦闘技術の修練を怠っていなかった。
錠前勉という頂点に挫かれてなお……防衛大を退きつつ、未だに体術限定ならあの現代最強と全くの互角という、天井クラスの実力者だった。
「悪いが俺は公安の中でも荒事対応が多くてな––––」
魔力を纏った攻撃を素の蹴りで弾き、防弾アーマーすら砕く肘が炸裂した。
「美咲のように鈍ってねぇんだわ」
この攻防を遠隔で観測していた大天使ウリエルは、思わず目を細くする。
「どういうことだ、魔力も持たない人間に……1級神獣が押されている?」
天界の使役するモンスターには、大まかに等級が割り振られている。
等級の基準は、異世界で魔導士を相手にした場合だ。
4級・ほぼ害の無い小動物。世界を取り込んだ際に巻き込んだ無害なモンスター。
3級・ゴブリンやスライムが該当、主にダンジョン・マスターによって管理されている。強さは魔法使い相手でも複数で有利を取れる。
2級・中級魔導士で相手になるレベル、ワイバーンや第1エリアで自衛隊が最初に遭遇した騎士もこれに該当。
1級・国家に1人の上級魔導士でトントン、ダンジョンでは主にエリアボスとして運用されている。第1エリア、第2エリアではどちらも第1特務小隊に倒されている。
”特級”・その世界で神格化されているモンスター。かなう魔導士はまず存在しない。
今真島が相手しているのは、エリアボスを任せられるレベルである1級神獣だ。
これまでの世界なら、1級を出した時点で勝ちが確定していたのだが……。
「よっ」
4度目のカウンターを決める真島。
ただの人間がその身1つで挑む様は、ウリエルをもってしても理解が追い付かなかった。
イラつきを隠さず、車内でくつろぐ林少佐を睨んだ。
「おい、話が違うぞ……執行者の護衛は大したことないんじゃなかったのか」
「あれ、苦戦してるんです?」
リクライニング・シートからゆっくり体を起こした林少佐は、眠たそうに思考を回した。
事前の情報では、公安が護衛に回っていたことも把握している。
1特の誰かがその場にいる可能性は低かった。
「おかしいですね、新海透や四条衿華は別行動中のはず……ちょっと視覚を共有させてください。相手が気になる」
「この僕に……部外者である貴様が感覚共有を求めるだと? 不愉快な言葉はよしてくれ」
「貴方もガブリエルさんも傲慢が過ぎるんですよ、いいから見せてください」
「チッ……」
不快だったが、これもいずれ目覚める”主”のため。
大いなる目的の一歩だと割り切り、眼前の中国人へ視覚を共有した。
「うーん……」
モザイク越しに真島を見た林少佐は、すぐに感覚共有を切った。
気遣いからではない、必要であるがために、車のエンジンを掛けて発進の体勢を整える。
「ウリエルさん、貴重な1級神獣を使ってもらった手前申し訳ありませんが、そいつは諦めて早く車に乗ってください」
「なんだと!? 貴様……この僕に退けと言うのか!」
「私の直感が正しければ、そいつは錠前勉に匹敵する戦闘力を持っています。おそらく公安が持つジョーカーです、1秒でも早く大使館へ逃げなければSATが送られてくる」
「そんなもの、僕の力で蹴散らすまでだ!」
「返り討ちに遭うだけなので、グダグダ言わず乗ってください」
不承不承といった感じのウリエルが、神獣とのリンクを切って助手席へ乗り込んだ。
アクセルを踏み込み、急いでその場から離れる。
「良いですか? あくまで本番は”明日”なのです。それを常々忘れないよう」
「チッ……」
舌打ちするウリエルを無視して、林少佐は不敵に笑った。
「全く、実に面白い人選をする……やはり、真に警戒すべきは新海透だな。いずれ……会うのが楽しみだ」
一方のホテル。
ウリエルの支援を失ったことで、モザイクの動きが鈍ったのを、真島は見逃さなかった。
「操り人形の糸が切れたか? 終わりだな」
そこからの猛攻は凄まじかった。
実体化によりサンドバッグと化したモザイクへ、全開の執行者に匹敵する動きで体術を叩き込み続ける。
錠前勉が本気で殴りに来ていると思えば、想像はしやすいだろう。
公安の誰も目に追えない速度で顔面にラッシュが打ち込まれ、最後に大きく振りかぶる。
「子供の睡眠は、国家の安寧と同義だ。覚えておくんだな」
クラスⅡアーマーを粉砕する威力のパンチを放った真島が、モザイクの巨躯を吹っ飛ばした。
2,3メートル転がった敵は、霧のように一瞬で消滅する。
「ま、真島係長。おっかなー……」
3メートル以上はあろう身長の敵をぶちのめす上司を見て、ドン引きする氷見。
瓦礫を踏みつけた真島は、スマホのメモ帳アプリを起動した。
「これであの子らを、ラーメン店に連れて行けるな」
満足そうに一言。
公務員として、少女の睡眠を守り抜くことに成功したのだから当然だ。
一方の最上階、大きな1つのベッドでグッスリ眠っていたテオドールとベルセリオンは。
「ほえぇ……っ、真島ぁ。もうお好み焼きは食べられませんよぉ……」
「ふぇー……!」
爆発音など一切気にせず、明日のラーメンを楽しみに……その可愛い寝顔を晒していた。




