第346話・自分と同じ思考ロジック、それは偶然か……
––––東京都港区、某所。
深夜の道路に、1台の高級車が停まっていた。
黄色いランプを点滅させたそれは、”大使館公用車”だ。
「はぁ、やっぱり特殊作戦群が出張ってきましたか……。ロシア人では案の定手に余りますね」
運転席でため息をついたのは、中国国家安全部の林少佐だった。
彼はコンビニで買った肉まんを袋から出すと、何口か頬張る。
深夜の空腹から美味いなと思うと同時、隣から若い男の声が掛けられた。
「くどいな、貴様ならこの程度……十分予測できただろう。林少佐」
そう助手席で言ったのは、金髪を持った端正な顔の青年……。
だが身体を覆う服装は地球産のものではなく、背中からは”翼”が生えていた。
「くどいとは失礼ですね”ウリエル”さん、私は別に彼らをけしかけたわけじゃない。ロシア人が勝手に囮に惑わされ、勝手に突っ込んだ結果だ」
「それをくどいと言っている、中国人はみんなこうなのか? 彼らは味方だろう、助ける義理があるんじゃないか?」
ウリエルと呼ばれた青年は、不機嫌そうな顔を向けた。
全身を神秘で覆われた鎧で包む様は、まるでファンタジー世界の騎士を思わせる風貌だ。
「国家間に友情なんてありませんからね、ザイツェフ大尉に期待していたのは、特殊作戦群の目をくぎ付けにすることだけです」
「つまり、最初から貴様は日本側の罠だと知った上で……彼らを誘導したのか? なら執行者をモスクワに渡すという約束はどうなる」
「君もずいぶんとくどい性格ですね、そんなの最初から嘘に決まってるでしょう。傲慢な中南海が自分たちの成果を、ロシアなどという落ちぶれた属国に渡すわけがない」
持っていた肉まんを食べきる。
味が濃いのは良いが、次はからしを付けようと林少佐は息を吐く。
「解せんな……、では貴様はどうやって日本側の作戦を見抜いたというんだ。またぞろ闇バイトとやらでも雇って監視していたのか?」
「ははは、それこそ三流のすることですよ。ちょっとばかり……相手の気持ちになっただけです」
「相手の?」
「そう、日本側もバカじゃない。またぞろ律儀に市ヶ谷へ降りる真似は……私が日本人なら絶対やりません。そうなれば残る候補は2つ。まずは在日米軍横田基地」
林少佐は人差し指を立てて、大天使ウリエルに授業をするように説明した。
「横田基地は空自と共同ですが、今の日米関係なら執行者を米軍機にかくまうなど簡単なこと。でも……私はこっちの線は無いと踏みましたよ」
「理由を聞かせてもらおう」
「簡単ですよ、この上陸作戦の立案者は……おそらく外国の軍隊を関わらせたくなかったのでしょう」
「どういうことだ?」
「執行者は地球にとって新人類、未知のエネルギーを扱うファンタジーな存在です。関わらせるなら身内に限るのがセオリーでしょう」
いま現在こそ、確かにアメリカは日本の味方だ。
だがもし、執行者というダンジョンの恩恵にも等しい存在に惹かれたなら……。
米国が中露の感じる魅力に憑り憑かれるのも、あり得ない話ではない。
現在の大統領は、アメリカが利益を得るならどんな迷惑や裏切りも平気で行うエゴイストだ。
日本人が信用しないのも、同じアジア人として理解できた。
「そうなれば空路は潰れる。っとなれば選択肢は1つです。洋上で海自の護衛艦に乗り込み、横須賀から北上するコースが一番安全だ。私ならそうする」
「で、読みは当たったのか?」
「まぁ一応は……。しかし、気になることがありますね」
林少佐は、残業の光が輝くビルを眺めながら呟いた。
「ここまでの経緯。何もかもが、私の思考ロジックと酷似している……まるで、自分が考えた作戦のように感じてしまうほど」
「見透かしたつもりで、実はこっちも罠だった……なんてオチは無いと信じたいが? 林少佐」
「いえ、それは無いでしょう……。ただ1つわかるのは……この作戦を考えた人間は、とても日本人的で親切と優しさに満ち溢れた者ということ。執行者に純粋に休暇を楽しんで欲しい、そんな本音が見える」
ふと、林少佐の脳裏に昔のことが過った。
有馬温泉に旅行した際、どこかの親切な誰かが母の財布を届けてくれた。
あの時感じた温かい感情を、日本側の作戦からずっと感じるのだ。
確率的にあり得ないことだが、この作戦の発案者は––––
「ッ……」
そこまで考えて、林少佐は否定するように首を振った。
「計画を進めます、ウリエルさん」
「あぁ、わかった」
車の外に出た大天使ウリエルが、その右手に剣を具現化させた。
「死霊操術––––『傀儡人形』」
魔法が発動すると同時に、ウリエルは丸1日掛けて特定した執行者の魔力を捕捉。
彼女らが就寝するホテルのロビーに、第2エリアのラビリンスタワーで出現した”モザイク”が、大量に湧き出した。
「行け、亡国の放浪者よ」




