第345話・特殊作戦群の本領
––––貴方にとって部下とはなんですか?––––
今から2年前のある夏の日、陸上自衛隊 習志野駐屯地で非公式なインタビューが行われていた。
『2023711』と無機質に名付けられたこの録画ファイルには、当時……特殊作戦群 特戦第1中隊長を務めていたある男が映っていた。
「うーん、僕にとっての部下かぁ……。難しい質問だねぇ」
カメラの前で困った笑みを見せたのは、徽章をこれでもかと着けた自衛官。
錠前勉3等陸佐(当時)だった。
「まぁ端的に言えば、僕の代わりになってくれる人間かな。ほら、僕最強だし。その気になれば米軍の増強師団とも1人で戦えちゃうからさ」
『では、そんな貴方の代わりは相当ハードルが高いのでは?』
「そうでもないよ、日本の特殊部隊は世界的に見ても強い。なんせこの僕が指揮してるんだ……悪化する国際情勢でいつ命令が下るかもわからない中、最善を尽くせるように訓練している」
『それは頼もしいですね』
インタビュアーのメモの走る音が響く。
次いで、質問が繰り出された。
『では、最後に1つ。現在の自衛隊で貴方の代わりになる人間はどのくらいいますか?』
「そうだねぇ……、分隊長クラスのアーチャー、セイバー、キャスター、アベンジャーとかなら結構良い線行くんじゃないかな? アイツらなら米軍のデルタフォース相手でも勝てる。っというより––––」
一拍置いた錠前3佐は、ニッと笑った。
「日本の特戦隊員は、全員––––君が思う50倍は強いよ?」
◇
時は戻って現在、壁伝いのロープから窓を砕き割り、5名の特殊作戦群隊員が、ロシア・スペツナズの増援部隊へ奇襲をかけた。
「コンタクト!!!」
「……」
戦闘の流れは結論から言えば、”殺戮”の一言に尽きる。
入って1か月しか経っていなかった久里浜と違い、彼らは数年間……あの現代最強である錠前勉の下で修練を積んだ者たち。
言ってしまえば、赤子対ボクサー。
「なにっ!?」
「がぁッ!!?」
突入した隊員は瞬時に個々の相手を割り振り。
非常に高度なCQB(近接戦闘術)を展開し、至近距離にも関わらず体術を織り交ぜた射撃を敢行。
全くの無言で、ロシア兵を次々に殺害していく。
その光景を表すなら、ハンバーグを手でこねているかのような肉塊製造シーン。
フラッシュで目潰ししようが、防弾チョッキでゴリ押そうが、機械にも似た事務作業であっという間にその場の敵を皆殺しにした。
「……こちら第2分隊、敵増援排除。送れ」
100万円以上する4眼のナイトビジョンを着けた隊員が、上階の仲間へ通信を送った。
『こちらアーチャー、ご苦労。そのまま13階まで詰めろ。挟み撃ちにする』
素っ気ない通信が終わると、分隊長の隊員が手を振った。
それに対し、部下が無言でうなずき––––
––––パシュッ––––!
既に絶命していたロシア兵の頭へ、ライフルを追加で撃ち込んだ。
4人が無言で同様の作業を、倒れていたロシア兵全員へ施す。
死んだフリをしている者を、確実に殺すための非情だが合理的な措置だ。
死体撃ちが5秒で終わると、彼らはアイコンタクトのみで陣形を変更。
上階へせせらぐ川のような流れで登って行った。
一方で、敵の猛攻が集中していた13階。
坂本はそろそろ限界を迎えようとしていた。
「やべ……、あと1BOXしかマガジン無いじゃん。マシンガンは撃ち過ぎちゃうからやっぱ苦手だな……」
階段を背にした最終陣地で、壁裏に隠れながら敵の弾幕を見つめる。
既に20人は倒したが、まだ同数以上の敵が残っていた。
もし久里浜が遊撃に出なかったら、その時点で詰んでいただろう。
「上階の銃声が止んだってことは、決着がついたのかな……さすがにもうあと2分が限界なんだけど」
マガジンを交換しながら呟いていた瞬間だった。
「え……?」
突如響く巨大な爆発音。
そして、ほぼ同時に相対していた敵が悲鳴を上げた。
何事かと思い、手鏡で様子を見ると……。
「何が起きた!!」
「天井が崩れて……! ひ、人が降って……がぁ!?」
「おい! 何が起こって––––ごあッ」
濃い煙の中で、何度もフラッシュと銃声が瞬いた。
ほんの10秒に過ぎなかったそれは、すぐさまピタリと鳴き止む……。
「ッ……」
銃口を向けたまま警戒する坂本。
だが、5秒ほどして正体は明かされた。
「あー撃つなよ、俺たちは友軍だ。坂本慎也3曹」
煙の中から現れたのは、これでもかと全身をフル装備で固めた男4人。
先頭に立っていた自衛官は、背中に巨大な対物ライフルを背負っていた。
手には近接戦闘用のMP7A1が握られており、さっきの銃声はこれだろう。
「ようやく”S”のお出ましですか、久里浜は無事ですかね?」
M250を下ろしながら質問する坂本。
アーチャーの背後には、さっきまであれほど苦戦していたスペツナズが死体となって倒れていた。
文字通りの瞬殺……。
彼らは、上階の床を爆破して落下した瓦礫ごと乗り込んで来たのだ。
まさに規格外、日本最強の特殊部隊は真の意味で”別格”だった。
「久里浜のヤツは既にメディックが救護している、下層の連中も間もなく殲滅されるだろう。よく耐えてくれた」
そう、坂本と久里浜の目的は––––特殊作戦群の到着を待つことだった。
さすがの2人と言えど、特殊部隊相手は手に余る。
そこで、防衛省は特殊作戦群の出動を決定。
こうして、舞台が整った瞬間を狙って参戦したのだ。
ようやく安心できる、そう思って床に座った坂本だったが––––
「そういえば坂本3曹、君に1つ聞きたいことがあったんだ」
「はい? Sの方々が僕なんかに何の用事ですかね」
M250にセーフティを掛ける。
この時点で、坂本は射殺覚悟で逃げるべきだった。
「1か月ほど前だったかな……、久里浜の誕生日お祝い配信があっただろう」
「あー、ありましたね」
「その最中、不自然に”音量が上げられた”のは知っているな? 確か……テオドールくんが喋った瞬間だったか」
坂本の背筋が凍り、顔面から血の気が引いていく。
ふと見上げれば、アーチャーはその強面を凄まじい覇気と共に、汗を滝のように流す坂本へ向けていた。
「Sでは音声解析のプロがいてな、気になって解析させたんだ。そしたら––––」
アーチャーの取り出したスマホから、非常にクリアな……雑音を完璧に取り除いたテオドールの無邪気な声が響いた。
『夏祭りの時からずっと、“久里浜のお腹の中から坂本の気配を感じる”のです。一体どういうことでしょうか……』
無邪気、純粋、爛漫なテオドールのムフフ顔がよぎる。
詰んだ……。
人生で初めて味わう、戦場よりも深い圧倒的な絶望。
久里浜の保護者であるSの方々に囲まれた坂本が、その場で土下座をするのに2秒と掛からなかった……。
一方、”イベント”はテオドールとベルセリオンが宿泊するホテルでも起こっていた。




