第344話・ノルマ達成
発砲は同時に行われた。
しかし、両者の弾は誰の命も奪わなかった。
「チッ」
「クソ!」
同時に舌打ち。
久里浜は予知にも等しい動きで、首を傾けて弾丸を回避。
対してザイツェフも、久里浜の銃口の動きを予測。
バリスティック・ヘルメットに適切な角度で着弾させることで、弾丸を弾いていた。
両者共にドロー。
次にカードを切ったのは、久里浜だった。
「ッ!」
弾切れのHK416A5を捨てた久里浜は、すかさずコンバット・ナイフへ持ち替えた。
G17自動拳銃を選ばなかったのは、防弾仕様の敵にこの距離では効果が薄いとの判断から。
最速で、最高速度で相手の首を切り裂く。
その彼女の選択は、”マニュアル通り”なら正しかった。
「えっ……」
久里浜がそれに気づいたのは、眼前を”拳”が覆った瞬間だった。
なんと、敵はナイフを取り出す時間すら節約するため、素手で殴りかかってきたのだ。
「グゥッ……!」
ギリギリのところで、相手の打撃をガード。
しかし、鍛え抜かれた白人という人種の打撃は、小柄な日本人女性である久里浜にとって非常に重たかった。
攻撃を防ぐために使った右腕が痺れ、ナイフを握る手が緩む。
––––だめっ!! 今脱力したら……!!
必死の抵抗も虚しく、既に限界を迎えていた彼女の手が……ナイフをこぼす。
「君がマニュアル主義の人間で良かったよ」
次の瞬間には、ザイツェフ大尉の巨大な拳が久里浜の肩や胸を殴打。
スリングが千切れ、HK416A5が床に落ちる。
痺れるような激痛に襲われたのも束の間、彼女の無防備となった腹部へ、鉄板入りブーツによる強烈な回し蹴りが叩き込まれた。
「ガッ……!!!?」
視界が明滅すると共に激しく嘔吐。
たまらず吹っ飛んだ久里浜は、背中から鉄筋コンクリート製の柱へ激突した。
轟音と共に部屋が大きく揺れ、柱が上部から天井にかけて砕ける。
「げぼッ…………!」
座り落ちながら吐血し、その小さな身体は完全に脱力。
背中のセーターが壊れた柱に引っかかり、そのまま倒れることもできず……彼女は座りながら口の中の血を垂らした……。
死んだように動かなくなった久里浜を見下ろしながら、ザイツェフ大尉はマガジンを交換する。
「いやはや、錠前勉以外は楽勝だと思ってたんだがな……。まさかこんなガキにここまで苦戦するとは、林少佐の忠告が正しかったわけだ」
「…………」
眼前に座り込む少女は、既に虫の息で抵抗すらできない。
このまま放置していても良かったが、部下を殺されている手前……せめて戦果が欲しかった。
「執行者の居所を聞きたかったが、これ以上なにかを企まれても面倒だ。情報は下の階にいるもう1人のヤツから聞くとして––––」
持っていたAN-94を、座り込む久里浜へ向けた。
「お前にはあの世で部下に詫びてもらう」
ザイツェフ大尉が引き金をひこうとした時、打ちのめされていた久里浜の口角が上がった。
「ゲホッ……。三流は口が多くて助かるわね……おかげで、ノルマが達成できたわ……」
「なに?」
言うが早いか、ビルが大きく振動した。
爆発ではない、巨大な風切り音が建物に肉薄していた。
「お生憎様……! マニュアル主義は新海隊長と戦った時に捨てたわ……」
ガラス越しに巨大な影が覆う。
「よく耐えた久里浜士長。あの雑魚かったひよっ子が成長したな」
窓の外から鮮烈な光が浴びせられる。
その正体は、限界ギリギリまでビルに近づきホバリングした––––陸上自衛隊のUH-2多用途ヘリコプターだった。
開けられたサイドドアから、特殊作戦群の先輩であるアーチャーが『M107バレット』対物狙撃銃を構えていた。
「最初から……、これを待っていたのか……!!」
身体に鞭を打った久里浜が、最後の力でその場から倒れるようにして離れる。
同時に、アーチャーの狙撃銃の引き金がひかれた。
––––ダァンッ––––!!!!
放たれた12.7ミリ対物ライフル弾は、揺れるヘリからでもザイツェフ大尉の上半身を吹っ飛ばした。
身体の半分を失った足が、自重に負けてドチャリと倒れる。
確認するまでも無い、即死の一撃だ。
ヘリが屋上に上昇していくのを見届け––––
「あうー……、久しぶりに死ぬかと思ったー。お腹くそ痛いー……思い切り蹴ってくれたわねアイツ」
その場で寝っ転がった久里浜は、怪我の確認を行った。
「内臓と骨が数本逝ったなぁ……、早くベルセリオンちゃんの治癒魔法が欲しい……」
そう呟いていると、屋上から降下してきた特殊作戦群の隊員4名がやって来た。
分隊長のアーチャー、そして以前の新宿でもいたアベンジャー、セイバー、キャスター。
いずれの隊員も、久里浜と同じ……錠前がかつて指揮していた特戦第1中隊の精鋭だ。
「よう久里浜士長、良いやられっぷりだな。格闘訓練でセイバーにボコられた時以来じゃないか?」
対物ライフルを手に、アーチャーが笑みを浮かべる。
「そうかもしれないですね、超痛いです……」
「だろうな、すぐに処置してやる」
ほぼ瀕死の久里浜へ、アベンジャーが近づく。
彼は軍用メディキットから”モルヒネ”を取り出すと、素早い動作で腕に注射した。
これは麻薬に指定される鎮静物質であり、彼女をこれ以上苦しめないようにするための処置だ。
凄まじい鎮痛効果で意識が消えていく中、久里浜が弱々しく喋る。
「せん……ぱい、下で戦ってる同僚……早く、助けに行ってください」
まだ下層では、坂本が孤軍奮闘している。
彼も強いが、相手は特殊部隊。
長くもたないのは自明だった。
「心配するな、もう3分で片付く。だからお前はもう寝ろ」
その言葉を最後に、久里浜の意識は途絶えた。
同時刻––––大使館からの増援10名が、8階通路を移動していた時……。
––––バリンッ––––!!!!
「ッ!!?」
屋上からのラぺリングロープで窓から突入した、陸上自衛隊 特殊作戦群の隊員5名が奇襲を掛けた。
装備は4眼のNVに、クラスⅥアーマーとヘルメット。
腕には最新アサルトライフル『M7』が構えられている。
彼らは世界最高練度の戦力でもって、スペツナズに対し––––一方的な殺戮を開始した。




