第342話・ロシア対外情報庁 特殊部隊
––––戦闘が始まって10分。
突如都内を駆け巡った銃声に、当然ながらSNSは騒ぎを起こした。
仕事終わりの会社員、遊びに出かけた若者、その種類は様々だ。
【新宿でなんか花火みたいな音が聞こえるんだけど、今日イベントなんてあったっけ?】
【俺も気になって見に行こうとしたら、警察が非常線張ってて進めないわ。事故かな】
【ガス爆発らしいよ、しかもかなり酷そう。早速報道のヘリが飛んだみたい】
同時に、予定調和のごとく速報が流れた。
『新宿にて大規模ガス爆発事故が発生、現在も引火中のため警察が一帯を封鎖中』
警察、消防、自衛隊。
挙句には内閣官房まで巻き込んだ騒動の中心で、坂本と久里浜は必死の応戦をしていた。
「またグレネード来たぞ!!!」
「はぁ!? 一体何個持ってきてんのよ!!」
閃光が炸裂すると同時に、PKPペチェネグ機関銃が掃射。
一気に距離を詰められる前に、2人は大急ぎで後退。
その際に、こちらもクレイモア地雷などを置いたりして、時間を稼いでいた。
「千華! 残り何マグ残ってる?」
「あと4マグ! でも既に10人は倒したはず」
「僕と合わせて20人か、順調だな……相手が思ったより練度高いのを除けば……」
新宿では以前にもロシア人部隊と戦ったが、今回の敵は練度が違った。
前回のような寄せ集めじゃない、おそらく––––
「たぶんアイツら、ロシア対外情報庁の所属よ。ウクライナ上がりの連中より遥かに強い」
「戦場上がりより強いとか、そんなんあんの?」
坂本の問いに、マガジンを交換しながら久里浜が返す。
「特殊部隊の世界じゃ、中東や南アメリカでスペツナズはアメリカCIAのパラミリ(準軍事部門)と互角にやりあってるのは有名よ。単純な練度なら……中国国家安全部より高いんじゃないかしら」
「聞きたくなかった情報だな……」
現在の位置は12階へ上がる階段。
そう話している間にも、またスタングレネードが投げ込まれた。
「走って!!」
再びの炸裂。
間一髪で階段を登った坂本が、腰だめでM250を構えて。
「ッ!!」
ポイントマンのVSSヴィントレスを持った兵士を捉えた。
「じゃあ実戦上がりの腕を見せようか」
高所という有利な位置から、M250をフルオートで撃ち下ろした。
サプレッサーで抑制された銃声と共に、3人がアーマーを引き裂かれて絶命。
だが、ロシア兵たちは構わず階段の下から制圧射撃を放ってきた。
「よっ」
ローリングで回避。
久里浜がセミオートで援護射撃を行う間に、坂本は通路の奥へ退避。
「おまけよ!!」
手りゅう弾のピンを抜いた彼女は、階段の吹き抜けからお土産を落とす。
爆発音を背に、T字となった通路で坂本と合流した。
さすがに今のでは仕留められていないだろうが、時間稼ぎとしては十分だ。
しかし、久里浜はずっと疑念に思うことがあった。
「おかしい、あんなに被害が出てるのに全然勢いが衰えない……。しかも、胴体に当てただけじゃ全然倒れないわ……」
「簡単な話、強烈なお薬でも打ってるんだろ。痛覚が麻痺してるんなら恐怖も感じないだろうしな、単純だけど厄介だよね」
「群長との訓練でもそんな想定があったわ……、あともう1つ違和感がある」
HK416A5を構えながら、久里浜が呟く。
「こっちが時間稼ぎしてるのは、とっくにバレてるはずよ。なのに戦術を一向に変えてこない……不気味ね」
「下から増援がまた来るとか?」
「来たとしてあの規模よ? せいぜい20人がいいとこ。挽回には程遠い、何か……嫌な予感がする」
それはフラグだろ。
と坂本が思った時、不安は現実になった。
––––ビルが揺れ始めたのだ。
地震ではない、人工的な……かつ機械的なそれは、久里浜を叫ばせた。
「”ヘリ”よ!! 奴ら、屋上からヘリボーンして挟み撃ちにしようとしてる!!」
「ヘリ!? 空自は何やってるんだよ、このエリアは今日飛行禁止区域になってただろ」
「都内のヘリポートにあらかじめ待機させてたと見て良い、空自のスクランブルが間に合わなかったのは多分それ。時間が無いから端的に言うわよ!!」
階段を上がってきたロシア兵に、牽制射撃を加えながら久里浜が指示を飛ばす。
「二手に分かれるわよ! アンタは機関銃で13階以上に敵を上がらせないで! わたしは屋上から来た敵を迎え撃つ!!」
「マシンガンの僕はともかく、残り3マグのお前が1人で行ってどうすんだよ」
「だからこそよ、ヘリボーンしたのはせいぜい5~6人。十分相手にできるわ!」
数瞬の迷い。
だが、こと非正規戦においては久里浜の方が知識も多い。
判断は即座に行われた。
「上は任せた、”あと10分”。なんとしても持ちこたえるぞ。絶対死ぬなよ」
「ふん、その言葉––––そっくり返すわよ」
坂本がM250で射撃を開始すると同時に、久里浜は銃を持っているとは思えない速さで上階に走って言った。
◇
「こちらエコー3、屋上確保」
ビルの上には、予想通り……民生のヘリコプターがホバリングしていた。
サイドドア付近には、ロープ降下用に設置された特別な器具が追加装備されている。
テイルローターには、朝川TV新聞と書かれていた。
「お、おいアンタ……約束通り連れてきたぞ。これで良いんだよな?」
「あぁ、ご苦労だった」
座席でタバコを吸いながら答えたのは、白いひげを蓄えた剛健な男。
イゴール・ザイツェフ大尉だった。
「マスコミのヘリパイロットさんだったか? 今夜にはアンタの口座に10億振り込まれる、後は日本より物価の低い海外にでも高飛びして……余生を過ごすことだな」
そう言ったザイツェフは、慣れた動きでラぺリングを開始。
夜の暗い屋上に素早く降り立つ。
全員の降下を確認して、パイロットが機首を上げた瞬間だった。
「あぁ……、伝え忘れてた」
青眼を光らせたザイツェフが、拳大の無線スイッチを取り出す。
「ロシアでは、用済みの人間が乗る航空機がどうなるか……」
スイッチが2回握られると、上空にいたヘリが仕掛けられていた”C4爆薬”によって吹き飛んだ。
ローターはバラバラに千切れ、パイロットごと燃え上がった機体が近くのビルに激突……盛大に炎上した。
AN-94アサルトライフルをコッキングしたザイツェフが、2眼のナイトビジョンを下ろす。
「モスクワに栄光を」
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