第341話・反撃のお時間
––––午後7時。
それは、逃げてばかりだった坂本と久里浜が遂に火器使用を許可される時間。
新宿某所の空きビルに逃げ込んだ2人は、高層階の空きテナントでようやくその重いバッグを開けた。
「やーっと撃てるわね! 逃げてばっかでそろそろウンザリしてたのよ」
彼女が取り出したのは、いつもの愛銃であるHK416A5アサルトライフルだった。
相変わらずアクセサリーがゴテゴテ付いたそれは、まるで攻撃ヘリのようないかつさを放っている。
「僕はこいつの初実戦だから、ちょっと気を付けて立ち回らないとな」
バッグから出されたのは、タンカラーの大きな機関銃。
SIG社がアメリカ陸軍に納める次世代マシンガンの、M250だった。
照準器には最新のM157を搭載。
これは単体で測距、コンパス、通信、弾道計算が可能な……控え目に言っても超が付く高額照準器だ。
使用弾薬は6.8ミリ弾。
クラスⅣアーマーすら容易に貫通する、あらゆる面で64式を上回る銃と言えた。
––––同時刻。
ようやく2人の居所を掴んだロシア人部隊が、何両ものバンをビル前に停めた。
発進場所は”ロシア大使館”。
いよいよ後の無くなったロシアは、”外交特権”を使ってこの区域へ極秘裏に部隊を展開することに成功。
機敏な動きで車から降りたのは、もちろんフル装備の兵士たち。
「目標は第1特務小隊の構成員2名、たかが自衛官2人と侮るなよ。ザイツェフ大尉が来るまでに可能ならば生け捕り。それが無理なら射殺せよ!」
現場指揮を執る長身のロシア人兵士、レオニード中尉が叫ぶ。
彼を始めとして、その装備は非常に優れていた。
アサルトライフルの『AK-74M』
スナイパー用に『VSSヴィントレス』、並びに『SVDSドラグノフ』狙撃銃。
そして制圧火力として『PKPペチェネグ』機関銃。
さらには全員がクラスⅢアーマーを装備。
頭部にはOPS-COREバリスティック・ヘルメットをかぶっている。
こちらも状況によるが、5.56ミリとしては一般的なM855AP弾を弾くほどの性能。
「アルファ、ブラボー、チャーリーの順でエントランスから順に制圧。目標を屋上まで追い立てろ!」
レオニード中尉が、AK-74Mのコッキングレバーを素早く引いた。
その様子を、坂本と久里浜は上階の割れた窓から鏡を覗かせることで観察。
「50人……ってところか?」
「近くのビルに狙撃兵も展開するでしょうね、こっからは迂闊に窓際へ行っちゃダメよ」
「大丈夫」
M250を持った坂本が、早速そのスコープを対岸のビルへ向けた。
「僕、一応FTC(富士トレーニングセンター)で教導団の狙撃兵に勝ってるんだよね」
発砲。
脆い窓ガラスを貫いて、フルオートで放たれた6.8ミリAP弾が反対のビルへ流れ込んだ。
曳光弾は吸い込まれるように目標のフロアへ飛び込み、サプレッサーから硝煙を立ち昇らせた。
「スナイパー4人を排除、アレは多分……昼間から追ってきてた連中だ。今下にいる兵士と比べて雑い」
「敵も驚いてるでしょうね、ここまで散々逃げに徹してたのが、いきなり撃ってくるんだから」
久里浜の方も準備完了。
セーターの上から、スリングでHK416A5を吊り下げた。
コッキングを行い、セーフティを解除する。
「遅滞戦術で確実に削るわよ、人数不利はこっちなんだから」
「わかってる、このビルは対角線上に階段が並んだ欠陥建築。1階上がるためにいちいちフロアを横断しなくちゃならない。でもそれが僕らには最高の条件だ」
バッグはそのまま捨て置き、走り出す。
ビルは全16階建て、現在の位置はちょうど中間の8階だ。
2人にとっての縦深は、屋上までの全て。
さらにはいくつものブービートラップを仕掛けていたのだが……。
「仕掛けた手りゅう弾やクレイモアが一向に鳴らないわね」
走りながら久里浜が一言。
これが意味する答えは1つ。
「あぁ、全部無力化されてるな。さっきまでのような雑魚と違う––––気合入れろよ」
しばらくして、ほんの僅かに過ぎない雑音を久里浜の耳が拾った。
それは本来なら、建物の軋みや自分たちの足音で消えてもおかしくないレベルだったが。
「コンタクト!!!」
狂犬が反応するには十分だった。
曲がり角から最小限、身と銃を出した久里浜が発砲。
通路の奥から迫っていたスペツナズへ、牽制を開始した。
同時に、ロシア兵たちも久里浜を視認。
「こちらブラボー1、目標と会敵! 位置は8階中央通路、武装は5.56ミリのアサルトライフル」
「こちらアルファ1、レオニードだ。了解した、徐々にで良い……ゆっくり押し込め」
ロシア部隊も反撃。
久里浜が身を引っ込めた瞬間、10倍近い弾丸が壁に突っ込んで来た。
「この音……、AK-74だけじゃない。多分PKP機関銃も混じってる!」
「魔法結界の無い都内で機関銃とか正気かよ」
「それだけ焦ってるんじゃない? どのみち、今回の戦闘はガス爆発事故で処理するんだし、お互い様よ」
動きやすい久里浜が、ナノ秒単位に過ぎない隙でカウンター。
ダブルタップで発射された弾丸が、ロシア兵の頭を簡単に貫く。
血しぶきを上げて倒れた同志を見て、あちらもすぐさま分析。
「クラスⅢヘルメットが抜かれたか、っとなると弾種はM855のさらに上。M855A1だろうな」
「少尉、スタングレネードで隙を作ります」
「よし、炸裂後にPKP機関銃は射撃しつつ前進。目標を上階まで押し上げろ!」
両者の練度はほぼ互角、若干自衛隊側が上のように思えた。
このまま遅滞戦術を行えば、数的有利を失うロシア側の敗色は濃厚。
だが、その盤上を覆す”駒”が––––朝川テレビ新聞の本社屋上から飛び立った。




