第338話・国家規模の鬼ごっこ
世界一のメガロポリス、東京を舞台とした、第1特務小隊とスペツナズのせめぎ合いが始まった。
まず最初に坂本と久里浜を捕捉したのは、JR水道橋駅に近い大通りの部隊だ。
「こちらスナイプ03、目標発見。現在水道橋西通りを南下中」
「了解、狙撃は可能か?」
「今ならいける、だが多少の騒ぎは勘弁してくれよ」
今回スペツナズが用意した武器の中に、『VSSヴィントレス』という銃がある。
これは銃口を丸ごと消音機で覆ったような見た目をしており、とてつもない静穏性を誇ることで知られるライフルだ。
マウントにはアリエクで仕入れた倍率スコープが載せられており、狙いをすぐさま大通りの久里浜へ向けるが……。
「クソ、一瞬で死角に入られた……! あとコンマ2秒だったのに」
引き金をひこうとした瞬間、2人の自衛官は進行方向から姿を消した。
まるで煙のようにいなくなったので、ビル上から見ていたのに気づけなかった。
「ドローンをそちらに向かわせる、南下していたとするなら皇居方面を東西どちらかに曲がるだろう。スナイプ03は靖国神社をカバー。俺たちは神保町方面へ捜索を掛ける」
躍動するスペツナズだが、世界一の人口密集地である東京において……たった2人の人間を捕捉するのは簡単ではない。まして相手が、自衛隊のダンジョン派遣部隊でも最精鋭ならば。
「おい千華、さっきはどんな奴がいたんだ?」
皇居沿いを西に曲がったところで、坂本が尋ねる。
「たぶん狙撃兵、こんな街中で使うからにはVSSあたりでも持ってきてるんじゃないかしら」
「まっ、アレなら発射点なんてまずバレないわな。超静かな名銃だし」
「けど持ってる奴は大したことないわね、スコープ越しに殺意がバレバレ」
久里浜はこう見えても、日本最強を誇る特殊作戦群の一員だ。
その危機察知能力は、さすがに透には及ばないまでも実戦で十分なレベル。
都内から異国の紛争地での戦闘を想定して訓練しているので、どこが射線としてベストか瞬時に判断できるのだ。
「300メートル先、もし敵がわたしなら市ヶ谷駅をキルゾーンにするわね……どうする?」
「俺たちが発砲できるのは、”夜”……加えて指定された封鎖エリアだけだ。囲まれたら一瞬で詰むぞ」
「ドローンがそろそろ出てきてもおかしくないから、朝霞の電子作戦隊に連絡しといてくれる? ECM(電子妨害)で上空の目を潰すわ」
「良いのか? 市ヶ谷から新宿までGPSとかが使えなくなるぞ?」
「太陽フレアってことで誤魔化す予定だし良いんじゃない? 国民も、英雄の休暇のためなら多少は我慢してくれるわよ」
敵に再度捕捉される前に、衛星携帯で朝霞駐屯地に連絡。
2分後には、防衛省敷地内に展開していた電子妨害車両が起動。
ドローンで使われる周波数帯を巻き込んで、いくつかの通信が封鎖された。
「夜までよ、わたし達が火器使用可能になるまで……全力で逃げる」
「ははっ、まるで国家規模の鬼ごっこだな」
「違いないわね、でも……」
行き交う車に注意しながら、久里浜は感情を込めて呟く。
「新海隊長と四条先輩には、なんとしても2人だけの時間を送って欲しいから……」
「そこは同感だね、なんか僕らだけ進展がありまくるのも申し訳ないし。うざったい大陸の連中はこっちで受け持とう」
「そういうこと! じゃあ電波妨害エリアを起点にのらりくらりと逃げるわよ、ドローンの望遠カメラで捕捉されたら一気に不利になるからね」
橋を渡って新宿区へ入る。
そして都営大江戸線を2人が抜けたのを、スーツの男が近くの屋台傍から眺めていた。
「懐かしいな、防衛大時代にヤクザの事務所を潰して逃げた頃を思い出す……。勉や美咲と過ごした楽しい春だ」
屋台のクレープ屋さんの前にいたのは、真島雄二を始めとする食い倒れ御一行だった。
坂本と久里浜がワザと目立っているおかげで、こちらは必死で追跡するロシア人部隊を見送る……なんていう余裕すらある。
「ヤクザ? 真島、なんですかそれは?」
パーカーのフードをかぶったテオドールが、無邪気に疑問符を浮かべながら質問した。
その手には、既に半分ほど無くなったイチゴクレープが握られている。
ちなみに2個目。
「ロクでもねえクズの集まりだよ、昔……勉と休日に暇つぶしでヤクザや今で言う半グレを叩き潰してたんだ。あれはアレで結構楽しかったな……」
「真島係長と錠前勉に襲われるとか……、なんと不幸な方々でしょう。モグモグ……」
呑気にクレープを頬張る氷見。
彼女の手には、”録画中”のスマホが握られており、そのカメラは愛らしく身分を隠した執行者姉妹を映している。
「はぁ~、世界のアイドルとグルメ旅だなんて……今日ほど公僕になったのを感謝した日はありません」
こいつ前に体重気にしてたよな……と真島は思いつつ、一旦無視して次の行き先を提案した。
「大陸の連中は向こうが引き付ける、その間は完全なフリーってわけだ。甘味を食ったら塩気が欲しくなったろ、次は重いパンチの効いたヤツを食わせてやるよ」
真島の言葉に、執行者姉妹は金色の目を輝かせた。
逃走劇と恋愛劇、そしてグルメ劇……本日の東京は大変に騒がしかった。




