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第337話・始まりの逃走劇

 

 ––––東京、秋葉原。


 電気街、敢えて言うならヲタク街とも言うべき巨大な都市を、坂本と久里浜は歩いていた。

 2人ともに、肩からは長方形の大きなバッグを持っている。


 久里浜の方にはアサルトライフルのHK416A5が。

 坂本は汎用機関銃のM250が収納されていた。


 恰好は、坂本がジャケットに黒のスキニーパンツを合わせたいつもの物。

 相変わらず脚が長いので、服装としては非常にマッチしている。


 一方の久里浜は、秋に合わせてベージュのセーター(萌え袖)と、白色のショートパンツを組み合わせたカジュアルスタイル。

 元が端正な顔立ちな上、長い茶髪も相まって非常にオシャレさんな印象。


 隣に立つ坂本は、相変わらず美人な彼女に少しドキドキしていた。


「外国人観光客が多いな」


「そりゃジャパンカルチャーの中心地ですもの、外国人にとってはまさしく聖地でしょうね」


「なんだ、意外と明るいな。お前みたいな陽キャは秋葉に縁が無いと思ってたけど」


「失礼ね」


 バッグを掛け直した久里浜は、少しドヤ顔で言い放った。


「わたしだって、こう見えてアンタの彼女として相応しくなるために色々勉強してるのよ」


 久里浜千華の人生には、今まで服と美容品、それから銃しか存在していなかった。

 だがヲタクの典型例とも言うべき坂本と恋仲になったことで、彼女なりに理解を深めようとしているようだ。


 駅前から大通りを歩きながら、坂本が質問。


「例えばどんな?」


「最近は結構ソシャゲをやってるわ、今まで興味無かったけど、やってみると案外面白いって気づけたのよ。ほら! 今はこの子が推し」


 そう言って、スマホの画面を見せてくる。

 映っていたのは、国内で人気のアニメ調が売りなゲーム。

 金髪が美しい、いかにもな美少女キャラだった。


 一見大衆向けと思うだろう。

 だが、性格に癖のあることで有名な、マニアック向けのキャラだ。


「へぇ、センスあるじゃん」


 が、坂本はこのキャラが割と好みだった。


「でしょ? 好きな事に一途でやかましいけどその割に陰キャ。でも表向きは陽キャを取り繕うギャップに惚れたの」


「あぁわかる、趣味に大金注ぐところとか好感持てるよな」


 互いに推しが共有できて、早速ご満悦な2人。

 今回は仕事がメインとはいえ、こうして並んで歩けるのは実に幸せなことだった。

 5分ほど歩いたところで、久里浜が顔を向けた。


「そういえば慎也、陽動任務とはいえ……一応目的地があるんでしょ? どこ向かってるの?」


 彼女の問いに、坂本は機嫌良く返す。


「あぁ、PCショップ」


「PC……? 編集用のなら既にあるじゃない」


「違う、ゲーミングPC」


「げ、ゲーミング……?」


 多少のお勉強をしてきた久里浜だが、ここに来て初めて聞く単語に困惑。

 一応スマホでゲームするにあたり、それに特化した端末があるようだとは聞いていた。

 だが、彼女の中ではパソコン=業務用という概念がまだ大きかった。


「えっ、パソコンでゲームするの?」


「うん、今回は任務ついでにパーツ選びしてきて良いって錠前1佐に許可貰ってるから」


 久里浜の脳内で、「イェーイ!」と親指を笑顔で上げる錠前が浮かぶ。


「ふーん。パソコンって言ったら……、大体8万円くらい?」


「いや、今回買うのは多分80万円を余裕で超えるだろうな」


「ッ!!?」


 久里浜の顔が一気に青くなった。


「ちょ、ちょっと慎也……? パソコンよね? アレのどこに80万も掛かるの?」


「どこっつったって、全部に決まってんだろ。ハイエンドで組むんだからそんくらい余裕で溶けるわ」


「配信者でも始める気!?」


「僕ら既に配信者だろ……」


 久里浜の間抜けた問いに、とりあえずツッコミ。

 しかし、言わんとしていることはわかった。


「まぁ千華に縁が無い世界なのは認めるよ、次回はもう少しお勉強してくるんだな」


「な、なんかムカつく……!! 大体、趣味とはいえパソコンに80万ってどうかしてるわよ!? 自衛官の身分に甘えて生活費から削ってんじゃないでしょうね?」


 キャンキャンと吠える子犬な彼女に、坂本は呆れ顔を向けた。


「お前、エアガンに何万使ってるよ?」


「………………」


「何万?」


「今日は良い天気ね」


「クッソつまんねぇありきたりな返しはいらない、いくら?」


「……大体250万円くらい」


「はい論破、大人しく買い物に付き合ってくれるな?」


「か、彼女への扱いが雑…………!! もう少し加減してよ!!」


 今日も今日とて喧嘩ップル。

 このまま何事もなく、平和なデートは続くかと思ったが……。


「––––つけられてるわね」


 久里浜の嗅覚は、小隊内でも透に次いで鋭かった。


「何人かわかる?」


「群衆に紛れてるのは4人ってところかしらね、でも気配を消してるちょっと手練れなヤツもいる。甘く見積もって20人」


「あーっ、せっかく目の前にPCショップがあるのに……」


「残念だったわね、作戦開始よ」


 2人は早足に切り替えると、すぐさま滑らかな動きで路地に入った。


 変装をしていたロシア人たちが、上着に隠した”拳銃”を片手に追撃。

 そのまま挟み込む形で、銃口を向けるが––––


「……ッ! いない?」


 見えたのは、同じく反対側で拳銃を向ける同志。

 狭い路地で他に逃げ場なんて無いはず。

 一体どういうことだと思った矢先––––


「スペツナズのくせに、脇が甘いんじゃない?」


「!!?」


 ”上から”降ってきた久里浜が、その重いバッグで敵を強打した。

 同時に、もう片方のロシア人も、エアダクトの上で待ち伏せしていた坂本が無力化。

 一瞬にして意識を奪った。


「拳銃、無力化忘れんなよ」


「はーい」


 落ちていたトカレフからマガジンを抜き、スライドを引いて薬室(チャンバー)から残弾を排出。

 増援が違和感に気づくまでの20秒という時間で、2人は割り箸を割るかのようなスムーズな動きで武器を回収した。


「死んでも今日は隊長たちに休暇を楽しんでもらうからな、気張れよ千華」


「言われなくても、しくじったら無限ハイポート走ね」


 バッグを持ち上げた2人は、敵が迂闊に発砲できないよう一瞬で群衆に紛れ込んだ。


「ッ……こちらハンター2、目標ロスト。2人やられた。そちらのビル上から視認はできるか?」


『こちらスナイプ01、俺のスコープでも連中は見えない……不気味な自衛官だ、ウクライナ戦線でたまに見る一流狙撃兵みたいだぞ。一体どんな訓練を積んでやがる』


「急ぐぞ、本隊到着までに再度捕捉する」


 日常の中にある秋葉原を起点として、壮大な追跡劇が始まった。

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― 新着の感想 ―
なんというかまあ・・・何で相手を侮ってしまうのか。露助さん、そういうとこだぞ? さんざんやられたのにまだこりないと見える。懲りたらロシアじゃないともいえるが。訓練された精鋭だっていうのに、命が安ぅござ…
うんうん、互いの「好き」に歩み寄りあってるのが見えて尊い尊い。そして繰り返されるゴミ駆逐劇。いーかげん学べ。甘い下調べで戦力誤認して「誰々さえ」「誰々しか」「誰々なら」で前フリやら反省やらしてれば事が…
秋葉原の黒い死神に、茶髪の悪魔かぁ…。 あっ、本国に情報を伝える人が残らないわ!w
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