第336話・四条と眷属
「さて、まずは服とか海水浴の備品をそろえるか」
真島率いる食い倒れメンバーが出発した頃、透と四条は渋谷を歩いていた。
普段は同僚が周りにいて恋人らしいことができていないので、ここぞとばかりに手を繋いでいる。
秋風は少し冷たいが、最愛の彼女の手はとても暖かかった。
「もうシーズンが過ぎたので、少し苦労しそうですね」
「まぁ東京ならどっかにはあるだろ、適当に探すけど……」
ふと隣を見れば、自分好みのカジュアルな服装の四条が、同じく少し照れながら歩いていた。
こんなに上品で清楚な人間が、自分の彼女とは……未だに実感が湧かない。
いずれ、お父上である陸上総隊司令官––––四条陸将閣下にもご挨拶しなきゃなと……頭の奥でのんびり考える。
「そういえば透さん、テオドールさんの冬服はどんな物にするつもりなんですか?」
四条の問いに、透は「あーっ……」と言いつつ頬をかく。
「ウチの眷属様はご要望が多くてなぁ、こないだどんなのが欲しいか聞いたんだよ」
それは休暇から、約2日前のこと––––
『なぁテオ、そろそろ寒くなってきたし長ズボン買ってこようと思ってるんだけど、どんなのが良い?』
その質問に、執行者テオドールはものすご~く嫌そうな顔をした。
『えぇ……、長ズボンですか?』
『うん、だって寒いだろ? 暖かいの買おうと思ってるからさ』
『長ズボンは嫌いです……、動きにくいので』
そういえば、この子は機能性重視が命なお子様だったことを思い出す。
なので、透は別の提案をした。
『じゃあタイツにするか? お前ならスカートやブーツと合わせれば結構似合うと思うんだけど』
『タイツも嫌です、布が膝に当たる感覚は耐えられません』
『お前、ビルから落ちた時の痛みは平気なのに、そんな部分気にするの……?』
『痛みは昔から慣れているので大丈夫です、でも布の感触は大嫌いです』
という風なやり取りが交わされたことを、隣の四条に話す。
「ま、まさかの感覚過敏でしたか……」
「本人が嫌なのを強制はできないからな、まぁ風邪引いたら自己責任だぞとは言ったが。四条はどうだ? ベルセリオンとは上手くやれてるのか?」
次は透が質問。
だが、こっちはこっちで困りごとがあるらしかった。
「関係は良好なのですが、やはり……まだ秋山さんの方がわたしより好きみたいでして」
元々、四条とベルセリオンのマスター契約は土壇場のものだったことが否めない。
なので、懐き度合いで言えばまだ圧倒的に、命の恩人である秋山美咲が上だった。
「やはり、秋山さんにマスターになってもらった方が、良かったのでしょうか……」
うつむく四条。
確かに好感度で言えば、秋山の方がマスターとして適任だったかもしれない。
まだこうして距離がある現状、悩みが出るのは当然ではあったが……。
「あうっ!」
空いていた右手で、四条のおでこをデコピンした。
「……なにするんですか」
「いや、すっげぇつまんねえ悩みで頭抱えてるなと思ってさ」
「ッ……」
「衿華はさ、好感度をとても大事にしてるみたいだけど……マスター先輩の俺に言わせれば、そんなのは指標の1つだ」
マスターと眷属は、血の繋がりにも等しい関係性を築く。
もちろんそこに好感度が乗れば良いが、それだけが全てではない。
「ベルセリオンは、お前の覚悟を買って眷属になったんだ。衿華になら自分の全部を預けても良いと思う”信頼性”。その点においては、秋山さんにも負けてないと俺は思う」
「信頼性……ですか」
「おう、恋人の俺が保証してやる。衿華は強い、もっと自分に自信を持て」
透の自信たっぷりな笑顔が、四条にすればたまらなく眩しく……魅力的に映った。
まるで太陽、日本と言う国が、その国民が……なぜ配信を通じてこの人間に魅せられているのか、ようやく少しわかったような気がして––––
「フフッ……相変わらずの女誑しですね」
「ん? なんて?」
「なんでもありませんよ、さぁ。パパッと用事を済ませましょう」
透の手を引き、足早に前へ出る四条。
その明るい顔に、先ほどまでの濁った曇りは一切無かった。
この夜、2人の距離感に巨大な変化が起きることなど……全く知らず。




