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第334話・イゴール・ザイツェフ大尉

 

 ––––神奈川県某所。


 一見なんの変哲もない住宅街で、そのロシア人––––イゴール・ザイツェフ大尉は歩いていた。

 年齢は40台半ば、髪と髭は白く染まっている。

 手にはキッチリ分別された可燃ごみ袋が握られており、目の前のゴミステーションにそれらを丁寧に置いた。


「あら”飯野”さん、おはようございます」


「あぁ、おはようございます」


 近所のおばちゃんに、優しく挨拶。


「こないだは草刈り手伝ってくれて助かったわー。さすが、外国の方は力もあって頼りになるわね」


「あれくらい手間でもありません、困ったらまたいつでも呼んでください」


「あらあら、じゃあまたお願いするわね。お礼に今度お野菜あげますので」


 上機嫌のおばちゃんを見送ったイゴールは、そのまま近くのアパートへ帰った。

 階段を登った先で、玄関の前に人影が見えた。


「ご近所さんとの関係は良好、この辺りでは頼りになる外国人として親しまれているようですね……さすがスパイのお手本。ロシアの精鋭だ」


 扉に背中を預けていたのは、中国国家安全部所属の(リン)少佐だった。


「なんだ、珍しい客人が来たもんだな……。まぁ良きスパイは隣人を大切にするのが基本だ。この分野で君たち中国人は……もう少し色々勉強した方が良い」


「我が民族は数が多い、地域社会に根差すのではなく……昔から華僑を作ってしまい嫌悪される。肝に銘じておきますよ」


「配信見てたぜ。ダンジョンじゃ苦戦してるらしいじゃないか」


 皮肉を混ぜてそう言ったイゴールに、林少佐はため息をついた。


「恥ずかしい限りです、天界の連中は軍事がなんたるかをまるでわかっていない。よくアレで異世界を侵略できたものだ」


「でも今回は今までよりマシに見えたぜ?」


「僕が直接指揮しましたからね、今回はカンプグルッペ・ドクトリンを採用してみましたが……結果は惨敗でしたよ」


「日本にアメリカの補給が続く限り、長期戦は無謀だぞ?」


「我が国がダンジョンの恩恵以上の魅力を、あのビジネスマン気質な大統領に提示できれば話は別なんですがね。デフレと労働力低下で疲弊した今の中国では残念ながら不可能だ」


「まぁ話は中で聞く、入れよ」


 イゴールに誘われ、アパートの中へ。

 やはりというか、そこは3Dプリンターを始めとして様々な工作機械がひしめいていた。

 棚を開けると、AK-74などのライフルが整然と並んでいる。


 ロシア本国から取り寄せたものじゃない、よく見れば少し様子が違った。


「日本国内じゃ直接武器を仕入れる難易度が高いからな、ハンドガードやストックはここで自作して、フルオートシアなんかの部品はエアガンから抜いてる。純正には劣るが……創意工夫してやりくりしてるってわけさ」


「つまり、このアパート自体が1つの武器工場と……?」


「そういうことだ、弾や手りゅう弾なんかも作ってる。メインの作業はここじゃなく地下で主に行うがな」


「なるほど、騒音はあらかじめ近所に断りを入れて。迷惑の分は地域社会への奉仕で補ってると」


「頭の良いやつと話すと説明が楽で助かるよ」


 さらに話を聞くと、防弾チョッキやチェストリグ。ドットサイトやスコープなんかも収集しているようだった。

 こちらは製造が設備的に難しいので、アリエクと呼ばれる中華サイトで、ウクライナから出品された実物を仕入れているようだ。


 林少佐が見る限りでは、十分な装備が揃っているように感じる。

 新宿での中国部隊は、10年掛けてこれの半分以下しか用意できなかった。


 さすがにこの辺りの分野では、ロシアが中国の数歩先を行っていた。


「で、中国のダンジョン担当さんが、こんな僻地になんの用だ?」


 床に座ったイゴールは、慣れた手付きでトカレフ拳銃を弄る。


「今朝––––自衛隊の第1特務小隊が市ヶ谷に降りたのを確認しました。それは大尉も知っていることだと思います」


「あぁ、闇バイトの連中から連絡があったよ」


「だったら話は早い、東京に来たのはおそらく執行者テオドールとベルセリオン。この2人の内……片方を中国に引き渡してもらいたいのです」


「なんで俺たちロシアの戦果を貰う前提なんだよ、執行者を手に入れられれば……まだ未知の力が手に入るかもしれん。疲弊したモスクワはそれを所望してるんだ。簡単にやれるか」


「もちろん見返りは与えますよ、今も続くウクライナ戦争……中国が軍事支援を行っても良い」


「……本当か?」


「既に中南海の許可は取ってます、装甲車から携帯食料に至るまで潤沢に支援しましょう」


「……っ」


 2025年現在も、この悲惨な戦争は続いている。

 だがロシアの国力をもってしても、あと1年が満足に戦える限界。

 もし風見鶏の中国が完全に支援をしてくれるなら、さらに数年の余裕が生まれる。


 分断が進む欧米の疲弊を、助長させるには十分だ。


「わかった、1人ならくれてやる。モスクワもその条件なら喜んで受け入れるだろう」


「助かります。目標は既に市ヶ谷から出立していますが、プランはあるので?」


 林少佐の問いに、拳銃をコッキングしたイゴールは前歯を見せた。


「実行部隊は全員が特殊部隊(スペツナズ)出身だ、実力でねじ伏せるさ」

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― 新着の感想 ―
この二人は中露それぞれの知日派だと思うけど、デキる!って雰囲気出しながら既に失敗してるのが分かる読者視点から見ると…うん、素晴らしくピエロw
ほぉー、大ロシア様はスペツナズの精鋭とやらにずいぶんと信頼を置いていらっしゃるようですねぇwww つーか「彼我の戦力差を正しく認識出来ていない」ってのも天丼擦られ続けて食傷気味なのに、「情報戦…
申し訳ないが、狩猟ゲーム前のクエストとしては悪くないとか言われそうw
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