第333話・坂本が絶対に譲れないこと
休暇前日、第1特務小隊監督室に珍しい客人がやってきていた。
「お疲れ様です、錠前1佐」
部屋に入るなり敬礼したのは、坂本慎也3等陸曹だった。
普段この部屋に来るのは隊長クラスの透や四条なので、彼が直接来ることは滅多にない。
錠前は、サングラスの奥から魔眼を覗かせた。
「君が僕に直接用事とは珍しいね、まぁそこのソファーに座りなよ」
「ありがとうございます」
腰を下ろした坂本が見たのは、旅行ケースを閉める錠前の姿だった。
「あれ、1佐も休暇ですか?」
「いや、僕は”ある場所”へ出張さ。休暇なんて夢のまた夢なんでね。まぁ第4エリア攻略までには帰ってくるから安心しな」
「へー」
聞けば、この上官は深夜2時に退勤して、また朝4時に出勤する生活を繰り返しているらしい。
佐官級……それも現代最強となれば、お国に酷くこき使われるようだ。
透や坂本も寝不足の日々だが、さすがにこの超人には及ばない。
やがて荷物をまとめた錠前が、机を挟んで反対に座った。
「で、なんの用事? 坂本は確か……今回の東京観光だと陽動が役目だったよね。なんか足りない装備でもあるのかい?」
「まぁ装備はこの前借りたM250機関銃があるんで、特には困ってないです」
「じゃあ何?」
あくまで疑問しかない錠前に、坂本はいたって真面目に回答した。
それは、本来であれば絶対に口に出せないレベルのもの……。
「実は……“ゲーミングPC”を買いたいんで、1佐に許可が欲しいんです」
「ゲーミングPC……?」
思わずオウム返しする上官に、頷くことで意味を肯定させる。
「えっ、それってノートPC的なやつ?」
「いえ、デスクトップです」
「めっちゃデカいな」
そこまでゲーム関係に明るくない錠前からすれば、なぜいきなりゲーミングPCなのか全く理解できない。
確かコンシューマ機持ってたよなぁ……、なんて思っていると。
「なんでコンシューマじゃダメか、聞きたそうですね」
「うん、家庭用機じゃダメなの? ゲームするならアレで十分じゃない?」
錠前がそう言うのを見越していたのだろう。
坂本は、印刷した1枚の紙を机に置いた。
そこには、某国民的ハンターゲームの名前が載っており、ついでに言えば……いわゆる推奨スペック。
どのくらいのPCなら動くかが、細かく書かれていた。
「RTX4060で中画質設定時、フレーム生成アリで60FPS……意味が僕にわかるよう教えて」
「4060はグラボ……いわゆる映像用のパーツで、FPSっていうのは1秒間で描画される映像の枚数です。30よりFPSが低いと映像がカクカク紙芝居になります」
「つまり、このグラボを使えば最低限プレイはできますよってこと? 家庭用機と何が違うのさ?」
錠前の疑問に、坂本は真剣な表情で答えた。
「昨今のゲームは異常に重たいので、昔みたいに家庭用機で快適にプレイできる時代は実質終わりました」
「ふーん……このモンスター狩るゲーム、例えば家庭用機でやったらFPSはどんくらい出るの?」
「自分が計測した時は、普通に遊んで30〜40FPSでしたね。ハッキリ言って非常に辛いです。目も疲れます。おまけに4K解像度で出力しようとしても、可変解像度なのでクソ見づらいです」
「なるほど、だからパソコンでゲームしたいと……」
「はい、パソコンならフレームレートは無制限。解像度も固定なので映像が綺麗です」
昨今のゲームはグラフィックボードの進化により、推奨要件が跳ね上がっている。
生粋のゲーマーたる坂本からすれば、そろそろPCでガチりたくなったのだ。
というか、ダンジョンで籠りきりなので、危険手当も相まって貯金が貯まりまくっている。
ここらで大きい買い物をしても、財布に影響は少なかった。
「自衛隊駐屯地内でゲーミングデスクトップとか、すごい発想だね……」
「僕、狙撃とゲームには妥協したくないんすよ」
「まぁ君の性格は一応知ってるつもりだよ。そのパソコン……? お店でオーダーする感じ?」
「いえ、自分で組みます」
「……?」
またも疑問符が浮かぶ錠前。
「いわゆる自作PCってやつです、パーツを自分で選んで組み立てるんですよ」
「へぇ、なんか大層だねぇ」
錠前に趣味と呼べるものは殆ど存在しない。
なので、当然であるが自作PCなどという概念は考えもしなかった。
彼ぐらいの通になると、パソコンのパーツにもうるさいようだ。
錠前の何より優先される仕事は、部下が最高のパフォーマンスを発揮する環境作り。
よって、今回の解は––––
「良いよ、許可してあげる。デスクトップPCなら……Wi-Fi環境も必須だよね?」
「はい、最新のWi-Fi7対応のルーターを設置したいです」
「まぁ今は予算が潤沢だから、Wi-Fiくらいは別に良いよ」
何年か前なら、陸上自衛隊は駐屯地にWi-Fiを設置する金すら無かった。
2024年から大幅に増加した予算のおかげで、最近は駐屯地の整備が急ピッチで進められている。
「参考までに、いくらのPC買うつもりなの?」
「えーっと、CPUにRyzen9 9950X3D載せて、グラボは最新のRTX5090積むんで……諸々を合わせたら余裕で80万くらい吹っ飛びますかね」
「まぁパチや酒でそれ以上に溶かす輩も多いし、良いんじゃね? その代わり––––」
錠前は人差し指を立てて、ニッと笑った。
「1つ条件がある」
「なんですか?」
「今回の休暇、少なくとも1日は新海と四条2曹を戦闘に巻き込ませるな。言うならば––––君と久里浜士長で、大陸の連中を相手してくれ」
「良いですよ、どっちみち僕とアイツは前回の休暇でサバゲーやってた身です。今度は隊長たちにしっかり休暇を楽しんでもらいますよ」
「良い返事だ、期待してるよ」
かくして、今回の東京観光の役割が決まった。




