第332話・透の機転と動き出す状況
––––東京湾海上。
「両舷微速、赤15! 舵そのまま」
「艦橋より航空管制へ、SHを目視で確認! 本艦との距離2.49マイル」
「了解、各甲板作業員は着艦準備を開始せよ!!」
海上自衛隊、横須賀基地所属のイージス艦。
DDG-179『まや』は、東京湾のド真ん中を8ノットでゆっくりと航行していた。
この艦はダンジョン警戒監視の任を受けており、非常時以外は最近ずっと湾内に展開していた。
イージス艦は本来、艦隊防空に使う非常に贅沢な兵器だが、またいつダンジョンから大量のワイバーンが出てくるかわからない。
よって、『まや』は弾道ミサイル防衛任務と並んで、東京湾に張り付けとなっている。
「シーホークより『まや』へ、これより着艦する」
「了解、風速は南へ10ノット。機体の揺れに注意せよ、着艦を許可する」
海上自衛隊のSH-60K対潜ヘリコプターが、その白い胴体を『まや』の後部甲板へ下ろす。
エンジンはアイドル状態で、扉が開けられると––––
「これが日本のフネ、すごく大きいわね……」
「わたしが前に乗った艦はもっと大きかったよ。お姉ちゃん」
執行者ベルセリオンと、テオドールが下りてきた。
続いて、私服姿の透と四条が甲板に足裏をつけた。
「『まや』へようこそ、新海透3尉、四条衿華2曹。そして執行者の皆さん。私は本艦の艦長を務める伊良部だ、––––僅かとはいえ、日本の英雄を乗せるのは誇らしいよ」
海自迷彩に身を包んだ中年の自衛官が、4人を出迎えた。
1佐の階級章を見て、透たちはすぐさま敬礼する。
「第1特務小隊の新海透3尉です、今回は無茶を聞いてくださりありがとうございます」
「なーに、お安い御用だ。最近はずっと湾内を歩き回っていて退屈していたんだ。特に問題は無いよ」
挨拶が済むと、先に透はヘリへ振り返った。
「じゃあ陽動は任せたぞ、坂本。久里浜」
SH-60Kの中で、2人の部下が親指をあげた。
扉が閉められると、ヘリは唸りを上げて再び空へ飛んで行った。
「いやはや、本土に直接降りれば中露にバレるのを逆手に取るとは……噂に違わない手腕だ」
感心したように顎へ手を当てる伊良部。
今回の休日、透はある提案を錠前に行っていたのだ。
『直接基地に行くのではなく、海自の護衛艦を経由すれば……多分連中を欺けるんじゃないですかね』
新幹線も市ヶ谷もダメなら、透は防衛大時代に散々見た海上自衛隊 横須賀基地を利用しようと考えたのだ。
フライトレーダーを切った状態なら、広い東京湾が壁となってほぼステルスで降りられる。
加えて、陽動として坂本と久里浜を完全武装であえて市ヶ谷へ。
中露の目がそちらへ行った隙を突いて、透たちは横須賀基地に上陸しようという算段だ。
「全く面白い発想ですなぁ、さすが陸さんは考えに柔軟性がある」
甲板で潮風を浴びながら、艦長の伊良部が楽しそうに呟く。
「むふふーっ、透はわたしのマスターですからね。これくらいの作戦は当然です」
自分のマスターが褒められて嬉しかったのだろう。
テオドールがドヤ顔で胸を張った。
「透さん、横須賀入港後はどういう経路で行くのです?」
吹き荒ぶ風にショートヘアの黒髪をなびかせた四条が、透に質問した。
ちなみに服装は、今までのお嬢様然としたものと少し違う。
肩空きレイヤードシャツに、ショートパンツとニーハイソックスを合わせた少しラフな格好だ。
以前の渋谷観光で、透がラフな方が好きと聞いたので、四条なりに可愛く見られたいためこうなったのだ。
透本人は、嬉しさと興奮を抑えるため、あえて低めのテンションを装っている。
「あぁ、基地に着いたら防衛省が車を用意してくれてるから、まずそれに乗り換える」
「なるほど、民間の車なら何台も基地を出入りしてますからね。カモフラージュとしては十分でしょう」
「そういうことだ、後はそのまま横横道路を使って北上すれば、すぐに新横浜方面へ出れる」
防衛大時代の経験が、フルに活かされていた。
ことこういう機転に関しては、やはりあの錠前勉が全幅の信頼を寄せる部下だけあった。
「本艦は横須賀本港へ入港後、そのまま半舷上陸に移り、君たちの帰りを待つことになっている。今回は邪魔が入らずに休暇を楽しめるよう祈っているよ」
艦橋へ戻っていく伊良部。
1時間ほどして、『まや』は何事もなく横須賀基地へ入港。
予定通り民間車へ乗り、透たちは東京へ向かうことに成功した。
一方、市ヶ谷方面では––––
「こちらインディア1、市ヶ谷のヘリポートにダンジョンからと思われる軍用ヘリが着陸しました。海自のヘリです……通常の定期便ではありません」
「了解した、”イゴール・ザイツェフ大尉”に報告せよ。今回こそ我々大ロシアが連中を出し抜く番だ」
こちらも状況が動き出した。




