第331話・前に君たちに休暇あげたの、いつだっけ?
「透、ラーメンが食べたいです」
そうテオドールが言ったのは、絶賛久里浜がハイポート走に勤しむ最中だった。
木陰でくつろぎながら、透、四条、坂本が座っている中での発言。
「ラーメン? インスタントのか?」
「いえ、インスタントではなく……お店のラーメンが食べたいのです」
「お店の? そりゃまたどうして」
透の疑問に答えたのは、テオドールの頭の上に乗った少女。
「あぁ、この子最近ネットニュースで“人気ラーメン店特集”とか言うのを見てね。『ほええ! 日本にはこんな物もあるのですか!』。って影響されちゃ––––」
顔を赤くしたテオドールが、頭に乗った3頭身の師匠を軽く叩く。
たんこぶを押さえたエクシリアが、涙目で呟いた。
「痛い…………」
「師匠が余計なことを言うからです、めっ! ですよ」
相変わらずの親子亀。
そのあまりにも尊い存在たちを、坂本と四条がスマホで撮りまくる。
「まぁ事情はわかったよ、俺も久しぶりに本土へ行きたかったしな……」
立ち上がった透は、陽の当たるグラウンドへ歩いて行った。
「ほーらファイトファイト! そんなへっぴり足腰じゃ原隊戻ってもやってけないよぉー」
「ゼェッ! ハァッ……! おえっ……! れ、レンジャー!!」
「声小さいよー、やる気あんのー?」
「レンジャー!!!!!!」
そこには、今にも吐きそうな表情でハイポート走に勤しむ久里浜と、一緒に走りながら楽しそうにしごく錠前の姿があった。
さすがは両方共に特戦群、厳しさのレベルが通常の自衛官と段違いだった。
総重量が50キロを軽く超える装備で、既に6時間休憩なしで走り続けている。
「錠前1佐、今大丈夫ですか?」
透が後ろから追いついて声を掛ける。
「ん? なんだい?」
足を止めて振り向いた錠前に、透は続けた。
「テオがお店のちゃんとしたラーメンが食べたいって言うんで、久しぶりに休暇をいただきたいんですが」
「あー休暇ね、休暇……休暇……」
M7アサルトライフルから手を離し、頬をポリポリとかきながら……錠前は自身の記憶を漁った。
そして、とんでもないことを口にする。
「そういえばさ、前に君らが取った休日って……いつだったっけ?」
言われて透も気が付く。
考えてみれば、ここ最近はずっと勤務に勤務を重ねてまともに休んだ覚えが無い。
時間があれば結晶集めのために出撃して、帰ってきたら編集作業や書類作業。
第1特務小隊の全員が、そんな状態だった。
「んー……」
ポケットからスマホを出した錠前が、メモ帳アプリで記録を漁り––––
「ごめん新海、みんなに休日あげたの…………ほぼ2か月前だった」
「まぁ、そんな感覚はしてましたね」
第1特務小隊は、ダンジョン派遣部隊でも異例の部隊だ。
監督官が錠前であるため、その厳しさたるや本土の基地の比ではない。
よって、透たちはまさかの休日を1日も挟まず延々と平日を営んでいたのだ。
「すまない、これは完全に僕のミスだ。まさか部下のケアを忘れていたとは…………」
珍しくマトモなことを言う上官に、透は特に気にせず返した。
「まぁ自衛隊勤務がブラックなのは知ってますし、どうも思ってませんよ」
「だが職務怠慢を働いたのは違いない、休暇の件だがもちろん与えよう。…………って言いたいんだけどさ」
言葉に詰まった錠前が、眉をひそめた。
「ラーメンって、当然東京だよね?」
「そうですね、あとテオの冬服や水着も買いたいです」
調査によると、第4エリアの気温は30度を超えているらしい。
まさしく南国なので、錠前の言ったとおり服やバーベキュー道具をそろえねばならない。
だが、錠前は少し困ったように口開く。
「前回と前々回で、2回とも大陸の部隊に襲われたの……覚えてるよね?」
「そうですね」
「公安いわく、あれから関東圏の全ての基地に、大陸と通じる人間が見張りをしてるらしいんだよねー」
新宿、渋谷と大陸は何度も煮え湯を飲まされた。
今は太平洋海戦の敗北で大人しくしているが、透たちがまた東京へ降りるとなれば……連中が襲ってくるのは必然と言えた。
もし戦闘になれば、やはり休暇とはならない。
「事前に排除したりはできないんですか?」
「残念ながら基地をウォッチするだけじゃ、なんの罪にも問えないんだよね。加えて使ってる人間は闇バイトに近いグレーなサイトで集められた捨て駒だ。言ってしまえばキリが無い」
ダンジョンから出る以上、ヘリでこれまでのように市ヶ谷に行きたかったが……当然これも見張られているだろう。
いっそ愛知か仙台まで行ってから、新幹線で向かう……なんて手も思ったが、それこそ切符の購入履歴でバレる。
一体どうしたものかと思った矢先、透はある言葉を連想した。
「水着……水着と言えば海、海といえば…………あっ」
光明が差した。
「錠前1佐、この案ならイケるかもしれません。スパイにバレず……東京へ行く方法」
ちなみに転移魔法は自分しか移動できません。
エクシリアとかのレベルになれば、複数人同時にできますが、彼女は今ハムスターと同じ強さです。




