第330話・事案
今まで聞いたことの無い、テオドールのガチ悲鳴。
尋常ではないことが起こっていると悟った透は、2人をすぐさま下がらせた。
「おっらッ!!!」
全力の回し蹴りを放ち、金具や錠ごと扉をぶっ壊す。
大急ぎで部屋に入ると、そこには––––
「あっ、透ぅー!」
「新海隊長!? それにみんなまで……っていうか、なんで扉ぶっ壊したんですか?」
ベッドに座る久里浜と、その膝に置かれた半泣きのテオドールだった。
座っていると言っても、華奢な身体をガッチリと腕でホールドされていた。
「さっきテオドールさんの悲鳴が聞こえたから来たのですが、千華ちゃん……? 一体何をやってるんですか?」
「えっ、テオドールちゃんを吸ってました」
「はい……?」
困惑する一同。
テオドールは顔を赤面しながらもがいており、何かされているのは明らかだった。
そんな彼女から、すぐに説明……というか救援要請が出された。
「透ぅ! 久里浜がわたしのことを離してくれないんです!」
「まるで状況がわからんのだが……、なぜそうなった?」
透の問い。
それには、一見この場にはいないように思えた少女が返した。
「アタシが原因かもね、ちょっと久里浜千華に入れ知恵しちゃった」
見れば、ノートパソコンが置かれた机の上に、3頭身でお馴染みとなった執行者エクシリアが立っていた。
「何をどう入れ知恵したら、こんな状況になるわけ?」
坂本の質問に、特に悪びれる様子もなくエクシリアは答えた。
「えっ、久里浜千華から美容について聞かれたから、適切な回答をしたまでよ」
「助けてくださいみんなぁ! 師匠がいらないことを言ったせいで、さっきからずっと久里浜に匂いを嗅がれてるんです!!」
なぜ美容の話で、テオドールの匂いを嗅ぐのか……やはり一同は意味がわからない。
そこで、エクシリアは手っ取り早く答えを渡した。
「執行者って言うのはね、魔力だけじゃなく”生命力”も常人の数億倍あるのよ。テオドールやベルセリオンが大怪我しても、1日経てば全快するのは知ってるでしょ?」
「それは知ってるが、なんでテオを吸うことに繋がるんだ?」
「この子も例に漏れず生命力が豊かでね、常時余った分が体から溢れ出てる状態なわけ。久里浜千華が最近、肌の乾燥で悩んでるって言ってたから、じゃあ直接テオドールの生命力を吸引すれば美容効果があるって教えただけ」
なるほど、そういうことかと納得。
「ねぇねぇ隊長! テオドールちゃんって凄く良い匂いなんですよ? なんだか甘い高級カステラみたいで、吸ってるとドンドン気分が良くなってくるんです」
「だ、だからって匂って良いわけないじゃないですかぁ……! もう離してくださいよぉ。師匠も面白がってないで助けてください」
「ごめんテオドールちゃん! じゃあ後3吸いだけさせて!!」
「いやダメです!!」
瞬間、テオドールの銀髪が光り輝いた。
「『相転移次元跳躍』!!」
いよいよ危機感を感じたらしいテオドールが、得意の転移魔法で逃げようとするが……。
「そりゃ!!」
「ほえ!?」
久里浜は、テオドールの履いていたショートパンツのゴム部分をガッチリ掴んだ。
「フッフッフ、テオドールちゃん……今転移したらズボン無しになっちゃうわよ? それでも良いの?」
「なっ! そんなことで一流部隊の洞察力を使わないでください!! なんかもったいないです!!」
「ごめんテオちゃん……! 全ては絶不調なお肌のため。すぅぅうううううううううっ」
「ほええぇぇぇえええええ…………!」
執行者のうなじに顔を埋め込み、思い切り深呼吸する久里浜。
なんとも言えない顔をしながら、なんとも言えない声で鳴くテオドール。
「「「…………」」」
一体どんな緊急事態だと思っていた3人からすれば、眼前の光景はあまりに平和なもの。
吸われている本人もあぁは言っているが、そもそも力では圧倒的にテオドールが上なので、離れようと思えばいつでも抜け出せる。
無理に逃げないあたり、まんざら嫌なわけではないとわかる、多少恥ずかしがってはいるが……。
そして、透たちが止めに入らない理由はもう1つ。
「おいバカ千華、なんで僕がLINE送ったか……まだ察してねぇの?」
「なによ慎也、どこにいるかの確認だけじゃない」
「本気でそう思ってるなら、昨日僕が送った予定メモを今すぐ開け」
「えぇー、別になんも無かった…………」
テオドールを優しく抱きながら、片手でスマホを弄る久里浜。
10秒ほどして、さっきまでホクホクしていた顔が青くなった。
「気づいたようだね」
「!!!???」
透たちの背後にいつの間にか立っていたのは、現代最強の自衛官––––錠前勉だった。
「やぁ久里浜士長、僕のブリーフィングを差し置いて少女の匂いを嗅ぐ変態行為に勤しんでいるとは、なかなか胆力があるじゃないか……」
サングラスは既に外されており、紅い魔眼が冷たく見下ろしていた。
久里浜の手からスマホが落ちる。
「上官からの命令無視、および少女へのセクハラ。覚悟……できてるよね?」
「…………はい」
「防弾チョッキ、鉄帽、HK416A5。それから40キロの重りを入れたリュックを持って……5分以内にレンジャー訓練用のグラウンドに来たまえ。無限ハイポート走……久しぶりに一緒にやるよ」
「ひゃい…………」
––––この後、久里浜は16時間ぶっ通しでフル装備のまま走り続けた。
加えて二度とテオドールにセクハラ紛いの行為はしないと約束し、大人としてのケジメをつけるべく……謹慎3日(無限編集作業)が言い渡された。
警務案件にならなかっただけ温情




