第327話・ストレスチェックシート
ダンジョン出現から5か月が経った。
ここまで自衛隊は戦闘をかなりの頻度で行っており、隊員の疲労やストレスをチェックしようと、防衛省は専用のシートを配った。
内容は単純で、何択かの質問に回答するだけ。
後は、追記欄が設けられているものだった。
もし疲弊の激しい隊員が多ければ至急、本土の戦力と交代させようと市ヶ谷は思っていたのだが……。
「ん? これは……どういうことだ?」
集まったシートを見た市ヶ谷の職員は、思わず首をかしげた。
それは今自分が見ている物が、本当なのか非常に疑わしかったからだ。
アンケート結果は、それほどまでに奇妙なものだった。
・ストレスや負担を強く感じている=0%
・軽いストレスを感じている=2%
・特に負担やストレスは感じていない=98%
なんと9割超の隊員が、充実した任務を行っていると回答。
これは本土の駐屯地と比較にならないレベルのものであり、加えて追記欄への書き込みも多かった。
【もって国民の負託に応えるため、引き続き任務に邁進します】
【特にストレスは感じていません、最前線での任務はやりがいに満ちています】
【最後まで、ダンジョンでの任務を行いたいと思っています】
このような感じで、交代を暗に拒否する書き込みが大量にあった。
防衛省は、なんと士気の高いことだろうといたく感心。
追加で半年間は負傷を除いての交代を、行わないこととした。
◇
––––ユグドラシル駐屯地、取調室。
少し広めの空間に、机と椅子が設けられた部屋。
ここは名前通り、聴取を目的とした場所だ。
中にいたのは、尋問を専門とする特殊作戦群の隊員。
そこに、ランダムで選ばれた警備の自衛官が2名……20式小銃を持って立っている。
肝心の尋問対象は––––
「ふむ、ではやはり第4エリアについては記憶が無い……っということで良いかい?」
小太りの尋問担当の言葉に、可愛い声が返された。
「はい、まだ思い出せません」
「そうねー、役に立てなくて申し訳ないわ」
執行者テオドールと、ベルセリオンだった。
この2人は毎日数時間にも及ぶ聴取を受けており、ダンジョンの情報を自衛隊に提供していた。
もっとも、マスターが変わったことで、ダンジョンの機密情報は頭から抜かれてしまっているが……。
「いや良いんだよ、毎日同じ質問をしてごめんね。そろそろお昼にしようか」
2人の少女の目が、キラっと輝く。
「今日のお昼はなんですか!?」
「ネギ塩豚丼だったかな、もう来ると思うよ」
言うが早いか、ドアがノックされた。
配膳の自衛官が、トレーに乗った昼食を2人の前に置く。
尋問担当、および警備の自衛官の顔が僅かに強張った。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
揃ってスプーンで、温かいネギ塩豚丼を頬張った。
緊張の一瞬……そして、その言葉は出た。
「ほえぇ……」
「ふええ……!」
幸せそうな声で鳴いた。
尋問官、そして警備の自衛官たちが心の中でガッツポーズをする。
『良い鳴き声だ!! ほえちゃん、ふえちゃん!』
『警備の順番を待ちわびた甲斐があったぜ……、生ほええとふええが聞けるんだ。こんな役得誰が手放せるかよ。絶対本土の基地には帰らん』
ストレスチェックシートの答えは、ここにあったようだ。
ちなみに警備は小銃を持ってはいるが、あくまで形式的なもの。
マガジンは差さっておらず、警備レベルは防衛省の門前と同じだった。
最初は実弾を込めていたが、彼女たちは身を張って戦ってくれている。
そんな献身的な少女の姿を見て、こちらも敵意は無しにすることとなったのだ。
本日の聴取が終わり、ベルセリオンは自室へと転移して行った。
一方で、テオドールは用事を思い出す。
「そういえば、透に冬用の上着をお願いするの忘れていました」
10月も半ばに入ったことで、さすがに寒くなってきた。
ちなみに今は、白い長袖のパーカーとベージュの短パン、ハイソックスとスニーカーを組み合わせたいつものスタイル。
11月に備えて、もう1枚上着が欲しいところだった。
しかし、それとは別に、テオドールには悩みがあった。
「ふぅむ、ここは少し大人っぽい服を着た方が、”威厳”が出るでしょうか……」
通路を歩きながら思考。
最近彼女は、子供っぽく見られるのを何とかしようと考えていた。
忘れがちだが、自分は執行者であり偉大なマスターの眷属なのだ。
やはりここは、魅力ある大人な感じの女として振舞いたかった。
「よし、ここらでお子様な感じは捨ててしまいましょう」
結論が出た。
もうこれからは、迂闊にほえほえ言うのもやめよう。
なにせ自分は、執行者であり眷属なのだから。
”威厳ある女”として、これからは透にそう印象付けよう。
「あ、テオじゃん。聴取終わったんだな」
曲がり角を曲がると、都合よく透と四条が一緒に歩いていた。
実に良いタイミング、ここで1つ、お子様卒業を果たそうと彼女は目論んだ。
「テオ、こっち来てくれるか?」
「はい! なんでしょうか透?」
小走りしつつ、ムフフーっとした笑顔で近づいた。
そして、マスターの透が笑顔で呟く。
「なぁテオ、”深夜ラーメン”。美味しかったか?」
この言葉を受け、テオドールはスンと真顔になって…………。
「ほえん………………」
とてもとても、情けない声を出した。
この後、無事に深夜ラーメンは許されましたが、テオドールの威厳()はバラバラに崩壊しました。




