第321話・ユグドラシル駐屯地防衛戦11
ベルセリオンとエンデュミオンは、一定の距離を保ちながら睨み合っていた。
それは、両者共に相手の出方がわからなかったからだ。
––––エンデュミオン……。アイツの下で働いてた頃の機密情報は、エリカの眷属になった時点で消されている。転生者でかつ……天界からチート能力を授かっているのは知ってるけど、それが一体なんの能力なのかはわからない。
「……」
––––今判明しているのはモンスターを召喚する力と、失った両腕を軽く再生するだけの治癒魔法に魔力出力。
加えて錠前勉の話だと、魔法の極地……暁天一閃も習得していると言っていた。
属性魔法は基本的に1人1つが原則だけど、わたしみたいな執行者だと2個まで持てる。
「うーん……」
––––さらに転生チートを持っているエンデュミオンが、封印魔法しか使えないはずは無い。
2つ目……最悪は3つ目の属性を持っていると考えるのが妥当かしら……。
一方で、思考を巡らせているのはエンデュミオンも同じだった。
––––今の一撃でヤツの魔力出力はわかったが、そうなれば問題なのが属性魔法の精度だ。
サリエルの話では、ヤツが俺の記憶に無い魔法……魔法戦の極地である暁天一閃を用いていたと言う。
最初は勘違いか間違いだろうと思ったが、こうして正対すれば嘘ではないのがわかったな。
「ふむ……」
––––ここまでの出力を維持できるとなると、精度や効率も格段に上がっていると見て良い。
覚醒した執行者の上限値がエクシリア並みと仮定しても、より出力の高い大技を隠し持っている可能性が高いな。
数秒が経ち、両者は結論を出した。
「めんどくさ……」
「面倒だな……」
両者共に拮抗。
互いが警戒するあまり、互いが互いの出方を窺う形になってしまった。
こうなってしまえば、搦め手の類は意味をなさない。
っとなれば––––
「クック、互いの能力が測れない状況で仕掛けないということは……これ以上手札が無いという意味になるぞ?」
エンデュミオンの体から、さらに魔力が噴き出した。
「知っているか? 結界術はなにも現実世界と隔離するためだけに使うのではない」
人差し指と中指が立てられる。
「現実では到底実現できない……己の能力を120%発揮できる領域の構築。見せてやろう、魔法戦のもう1つの極地––––“戦闘用の結界術”をな」
巨大な魔力を感知したベルセリオンが、魔法の発動前に叩こうと突っ込む。
それでも、エンデュミオンの方が一歩早かった。
「『魔導封域』」
彼を中心として、結界が展開された。
飲み込まれたベルセリオンは、走りながら身体の異常を確認。
––––干渉された形跡は無し。何かしてくる前に潰す!!
「”八界“ ”悠遠“ ”空蝉の影“––––」
魔法の詠唱を行い、威力を一気に底上げしてからハルバードを振るう。
しかし、彼女の攻撃は敵に当たらなかった。
「いっつ…………ッ!!?」
ベルセリオンの魔法発動よりも早く、炎の塊が彼女の横っ腹を殴りつけた。
すぐさま距離を取り、脇腹を押さえる。
「ケホッ……」
口端から流れた唾液を拭い、思考を巡らす。
––––おかしい……! 詠唱も魔法発動もわたしが早かったはずなのに。まるで––––
「後出しジャンケン……とでも言いたそうだな?」
「っ……」
「ウブなお前に教えてやろう、『魔導封域』内では魔法発動の優先順位が変わるのだ」
頭の中で、さっき受けた攻撃が蘇る。
「つまり、わたしがどんなに早く魔法を発動したとしても……因果が逆転して、アンタの攻撃が先に当たるわけね」
「そういうわけだ、加えて––––」
エンデュミオンの姿が眼前から消えた。
視界を左右に振るが、声は後ろから掛けられた。
「封域内では俺のステータスも大幅に上がる」
「ぐはっ!!」
背中を思い切り蹴られたベルセリオンは、家屋に激突した。
崩落した壁と一緒に地面へ落ちた彼女は、激痛に襲われながらも立ち上がろうとして––––
「無駄だ」
「ッ……!!!?」
ベルセリオンを中心とする半径10メートルに、数十トンの重さを伴った衝撃が叩きつけられた。
封域効果により、完全詠唱状態の重力魔法が、無詠唱で直撃したのだ。
クレーターの中心で、全身を血まみれにしたベルセリオンが倒れている。
「せめて結界術の基礎でも学んでから挑めば、こんな結果にはならなかっただろう」
踵を返したエンデュミオンは、ふとある事に気が付いた。
さっき蹴り飛ばした衝撃で手放したハルバードが、消えていなかったのだ。
「宝具がまだある……? まさ––––」
間一髪のガードだった。
血だらけで走り込んで来たベルセリオンが、背後から重い蹴りを放ってきたのだ。
––––くたばっとけよ……!!
––––くたばんないわよ……!!
これほどダメージを受けているにも関わらず、威力が殆ど落ちていない。
その事実を受け、エンデュミオンに数瞬の緊張が走る。
「だが、無駄な足掻きだ」
彼女の頭上に魔法陣が発生する。
何度立ち上がってこようと、封域効果で魔法は先手必中。
もう一度、今度こそ地面の染みにしようとして……。
「さぁ、どうかしらね?」
信じられないことが起こった。
エンデュミオンの背後に空間の亀裂が走り、中から銀髪の少女が出てきたのだ。
「ッ……!!!!」
「なにもわたしは、最初からタイマンなんてする気無いのよ」
封域を割って入り込んで来たのは、血の繋がった姉の気配を辿り転移してきた––––
”執行者テオドール”だった。
その右手には、100%まで充填された『ショックカノン』が握られている。
自称“宇宙戦艦の主砲”系女子、参戦!




