第318話・ユグドラシル駐屯地防衛戦⑧
本作はフィクションなのと、どの思想も賛美していません(保険)
––––1か月前。
東京都の赤坂在日アメリカ大使館で、日米の非公式による会談が行われた。
内容は、米国からの支援についてだった。
「我々合衆国は、日本国によるダンジョン攻略を全面的に支持し、また支援も惜しみません」
そう述べたのは、在日アメリカ大使を務めるロッキード。
最初こそダンジョンの危険性から、日本と敵対していた彼だったが……繰り返される中露北による蛮行、さらには攻略の恩恵を受けてすっかり立場を変えていた。
「それは、ホワイトハウスも認知していることですかな?」
こちらも非公式で出席していたのは、防衛大臣の角松議員。
対面に座る大使は、不敵に笑った。
「もちろんですMr.角松、我々の大統領は”アメリカ・ファースト”を掲げてはいるが……国家方針として自由で開かれたインド・太平洋が重要なことに変わりはありません」
「それを聞いて安心しました。なんせ……メキシコ湾がある日突然抹消され、代わりにアメリカ湾が誕生したのは当時驚きましたから」
「あぁ、誤解しないでいただきたい……。あれらはただのMAGA派へ向けたパフォーマンスですよ。ビジネスマンは常に商売相手を牽制する、決して合衆国が覇権主義に目覚めたなどとは思わないで欲しい」
「支援してくれる友邦にあまり意地悪は言いたくないですがね、まぁここは国益の話でもして濁しましょうか。既に貴国からはリヴァイアサンとの戦いやガーディアン攻撃ヘリ、F-35Bの緊急輸入などかなり支援をいただいている。この上でまだ用意があると?」
角松防衛大臣は、ダンジョン攻略の与党筆頭議員だ。
役職は言わずもがなであるが、透が所属する第1特務小隊を直轄する存在と言えばわかりやすいだろう。
そして、省内で唯一……現代最強の自衛官。錠前勉に命令ができる存在だ。
彼こそが、当時……特戦第1中隊長であった錠前を直々にスカウトし、配信小隊を立ち上げたのである。
そんな角松に、ロッキード大使は笑みを崩さない。
「まぁ日本で最近発見された、ガンの特効薬になりえる物質……それらの優先供給が前提となりますがね」
第3エリア攻略によって群馬県に湧き出た、”ルテチウム・クリスタル”。
これらはガンなどの放射線治療や肝臓治療に、革命をもたらす可能性が大きいとして調査が行われていた。
当然、日本は自国最優先で実用化へ向けて進んでいた。
そこへ、富裕層などの支持を欲するホワイトハウスが目をつけたのだ。
スーパー・ニュー・リッチ層と呼ばれる上位1パーセントの富豪にこれら最新の治療を見せれば、より現政権の基盤は盤石となる。
もちろん、日本政府はアメリカが欲しがることなど予期していた。
なので、採取したクリスタルはちょうど1国分余剰がある。
「ではもしクリスタルをお譲りするとして、貴国は何を提示していただけるのですかな?」
「現在はFMS(対外融資軍事援助)の一環として日本に送っている兵器や弾薬を、全て我が国が費用を負担します。輸送費から購入費……全てにおいて」
「本気ですか? それはもう武器供与の域だ。失礼だがおたくの大統領が認可する条件だとは思えない」
「ビジネスマンがケチだという印象があるなら、それは間違いです。我が国は投資と浪費の区別をつけています。日本からのダンジョンの恩恵を……ホワイトハウスは高く買っているのですよ」
聞いたことがある。
今アメリカの富豪は、少しでも長く生きるためにバカみたいな大金を払って医療を受けていると。
噂によれば、嘘くさいアンチエイジングにまで頼っていると耳にした。
それだけ、米国にとってこの物質は魅力的なのだろう。
なんせ、難病のガンや……果てには肝機能の回復まで見込めると研究所は言っているのだ。
もしこれが事実だとすれば、先進国の医療を圧迫している透析患者を大幅に減らすことができる。
もちろん、治療を受けた患者も社会復帰が可能。
まさに、夢の物質……そういう意味では、アメリカにとって石油よりも価値がある。
「そうそう、おまけと言ってはなんですが……最近ウクライナに供与する目的で作ったはいいものの、あまりに威力が高すぎて見送りになった砲弾があるんです。日本政府が欲しいと言うならば、無償で差し上げますよ?」
「それは魅力的だが、砲の規格は合ってるんです?」
「東側兵器を想定して作りましたが……貴国では廃棄された203ミリクラスの榴弾砲なら運用可能です」
「威力が通常より高いとなると、何か特殊な砲弾なのですかな?」
「まぁえぇ、特殊です。サーモバリックと原理は同じなんですが……」
大使は口をどもらせた。
「少し、不安定な物質を使ってまして……」
◇
50体以上のウロボロスが迫る中、前線部隊の退避完了通知を受けた特科大隊は、自走砲の砲門を上空に向けた。
「アメリカから提供された特殊砲弾を使用する、撃ち方用意––––撃てッ!!」
3門の203ミリ自走榴弾砲から、遂に砲弾が発射された。
次回、とうとうヤツの戦闘描写が描かれます




