第313話・ユグドラシル駐屯地防衛戦③
テオドールの『拡散爆雷波動砲』が放った光は、何キロも離れた旧市街地にまで届いた。
っというか、あまりに加害範囲が広すぎて、飛翔途中だった味方のミサイルまで落としてしまっていた。
それを見ていたマスターの透は、
「まぁ……、敵は全滅させたみたいだし。怒られないよな?」
ちょっと肝が冷えた。
「透さん、錠前1佐から通信です」
「あぁ、今行く」
今第1特務小隊が展開しているのは、かつてボスエリアがあった場所。
先日に起きたベルセリオンと大天使サリエルとの戦いで、当初の様相からはすっかり離れてしまっている。
そんな荒んだ場所には、何両もの戦闘車両が展開していた。
10式戦車4両を筆頭に、16式機動戦闘車などが停まっている。
透たちのLAVは、彼らのすぐ傍で陣取る通信隊の近くにあった。
「はい、新海3尉です」
通信隊のテントに入り、通信機を手に取る。
すると、通話先の相手が陽気に話しかけてきた。
『やっほー新海、こっちは無事に撃退できたみたいだよ。ワイバーンって言ってもWW2時代のレシプロ機と同レベルだからね、油断できないよ』
「こっちからもド派手な魔法の光が見えました、テオは大丈夫そうですか?」
『今戦闘団本部に帰ってきて、目の前で美咲が作ったケーキを食べながら再出撃準備中』
通信機の指向性が変えられたのか、小さいが声が聞こえてくる。
『ほえぇ……っ、イチゴのショートケーキ美味しいですぅ』
とろけたテオドールの声。
さっき撃った魔法は消耗が激しいので、こうして糖分を叩き込んで回復させる算段だ。
彼女に関しては、この調子で駐屯地防衛に従事してもらう。
それに、いざヤバくなっても錠前1佐がいるので、億に1つもピンチにはならないだろう。
一方で、問題はもう1人の執行者だった。
『べルセリオンくんの様子はどうだい?』
錠前の問いに、透は少し唸った。
「……めっちゃ不機嫌です」
そう、今回の襲撃は急だったこともあり、本来お休みのはずだったベルセリオンも動員した。
しかし彼女は自分の予定を崩されるのが大嫌いな性格だったらしく、前線近くに連れてきても未だ拗ねたままだった。
四条や久里浜が必死に説得していたが、あまり実は結んでいない様子。
今も、LAVにもたれながらムスッとしているのが遠目で見えた。
『あっはっは、まぁこればっかりはしょうがないよねー』
「アイツ……今日は朝からゆったり紅茶飲んで過ごすつもりだったみたいで、端的に言えば超不機嫌です。ここ最近聴取の時間も多くてやっと手に入った休みだったですし。さすがに可哀そうなんで、なんか良いアイデア無いですかね?」
『無論代休は用意するが、今は戦闘のモチベがいるってことだろ?』
「そういうことです」
『このグッドルッキングガイ、錠前勉に任せなさい。とりあえずベルセリオン君をこの通信に出してもらえるかな?』
言われた通り、巨大なハルバードを携えながらふてくされていたベルセリオンに近づき、本人は嫌々ながらもテントに引き入れる。
『なんで超強い自衛隊の施設の防衛にわたしが出なきゃなんないのよ、そんな責任無いと思うんだけど? せっかく今日の予定立ててたのに……』
やはり超不機嫌。
この状態から、あの自称グッドルッキングガイがどうやって復活させるのかは全く謎だが、透は指示通りに通話機をベルセリオンに渡した。
「はいもしもし、なんか用?」
塩対応全開のベルセリオン。
だが、返ってきたのは柔らかい女性の声だった。
『お疲れベルセリオンちゃん、忙しいところごめんね?』
「あ、秋山っ!?」
どうやら、通話の相手はベルセリオンの命の恩人。
秋山美咲らしかった。
そういえばさっき、テオドールにケーキを振舞っていると言っていた。
まぁ、ここは彼女に託すのが一番か……。
『せっかくのお休みに本当お疲れ様。多分……新海くんも申し訳なく思ってるし、自衛隊もちゃんと代休は用意するって言ってるから、ここは協力してあげてくれない?』
「……わかってる、でも秋山がくれたクッキー食べるつもりだったから、まだ頭の切り替えが上手くできないの。休む気満々だったから気合が入らない」
透としてもそこは同意だった。
彼もよく休日返上で仕事をするため、彼女の気持ちは痛いほどわかる。
『フッフッフ。じゃあそんな良い子の君に、この戦いが終わったら秋山特製ミルクティーといちごショートケーキを作ってあげよう』
ベルセリオンの金色の瞳に、光が戻った。
「ほ、本当……?」
『マジだよー、それにさベルセリオンちゃん』
一拍置いた秋山は、とても穏やかな口調で続けた。
『前みたいに、天使に殺されないよう……わたしのことを守って欲しいな。君が強くて優しくて、誰よりも他人想いなのは知ってるからさ』
「ッ……」
『お菓子作って待ってるから、新海君たちに協力してあげてね』
通話が切られる。
同時に、さっきまで消えかけのロウソクのようだったベルセリオンの魔力が……。
「おぉ……」
まるでキャンプファイアーの業火の如く、激しく燃え上がった。
他の通信隊の隊員たちが後ずさる中、眼前の執行者は声に覇気を込めて呟いた。
「テオドールに後れは取らないわ、駐屯地に、秋山に敵は絶対近づけない。行くわよ––––新海透」
ベルセリオンの出力が、2段階ほど上がった。




