第308話・坂本の転機
––––ユグドラシル駐屯地、射撃演習場。
米国のシューティングレンジを模したここは、本来誰もいない時間のはずだった。
そんな明かりが灯されたレンジに現れたのは……。
「夜の射撃演習場って興奮するよね、なんか非日常感があってさ」
第1特務小隊のマークスマンである、坂本慎也3等陸曹が大きなバッグを背負って歩いてきた。
総重量にして20キロ超のそれをなんの苦もなく持っているあたり、自称フィジカルツヨツヨなのは嘘じゃないのだろう。
「レンジャーだったら夜間任務なんて当たり前だから……別に何も感じないわよ。っていうか、慎也も普通科なら夜戦くらいするでしょ」
そう言ったのは、背後から付いてきた恋人の久里浜。
彼女は地獄のレンジャー過程を通過しているので、昼夜関係なくミッションをこなす能力を持っている。
まだ20歳とはいえ、直接的な戦闘能力なら自衛官として一級品だ。
「まぁな、でも夜にこう……秘密の任務ってやっぱりワクワクしない?」
「しないわね、これだから男子は幼稚で嫌なのよ」
「はいはい、幼稚でわるうござんしたね。ほんじゃあ錠前1佐の命令通り……ここで開けるぞ、千華」
「了解、周囲に人間無し」
この2人は、錠前の指示によって課業外にもかかわらずここに来ていた。
慰労会に姿を見せなかったのは、この任務があったからだ。
また……大きなバッグの中身は当人たちでさえ知らず、これが初対面だった。
「おっ」
「わぁぁ……!!」
程度の差はあれ、リアクションする2人。
バッグに入っていたのは、普段扱う銃器と比べてずっと大きな物が入っていた。
「『M250』次世代機関銃……! まさか、まさか現物をお目にかかれるなんて!!」
大興奮する久里浜に対して、坂本はよくわかっていない様子だった。
「なにこれ米軍の銃? 新しい雰囲気はするけどさ、これと今自衛隊で使ってるMINIMI機関銃……正直どう違うの?」
彼は基本的に古い……、っというかモダンでクラシックな銃以外に興味が無い。
そんなダメダメな彼氏に、久里浜が同じく入っていた弾薬ボックスを取り出しながら解説した。
「これの口径は6.8ミリ、MINIMIは5.56ミリだから全然違うわよ。本当に最新のトレンドに興味無いのね」
「なんだよその中途半端な口径は……、器用貧乏な銃は勘弁だぞ」
「その逆、まぁ口で説明するより見てもらった方が早いか」
言うが早いか、100連発ボックスマガジンを手早く装填した久里浜が、レンジの台にバイポッドで銃を固定。
その後にコッキングして、ボルトを後退。
搭載されていた最新光学照準器で、狙いを定めた。
銃に装着された1500ルーメンの強烈なライトが、遥か先にあるスチールプレートを暗闇から浮かび上がらせた。
「アレを見て、今からぶち抜くから」
「え? あんな分厚いスチールなんか貫けるわけないだろ……。7.62ミリの64式でも無理だと思うんだけど」
「良いから、ほら撃つわよ」
トリガーが引かれると、サプレッサーで抑制された銃声が鳴り渡った。
ベルトリンクから次々に弾薬が送り込まれ、あっという間に20発を発射する。
反動は銃本体が重いこともあり、久里浜でも楽に制御できていた。
「はい双眼鏡、スチールを見て」
渡された双眼鏡を覗き込み、鋭く焦点を合わせた。
「は……?」
思わず声が漏れる。
普段使ってる銃であれば貫通など絶対無理なそれが、穴だらけを超えてズタズタに引き裂かれていた。
すぐさま横を見ると、久里浜が嬉しそうにセーフティを掛ける。
「これが米軍次期正式マシンガンのM250よ。対応口径の6.8ミリ弾は遠距離からクラスⅣアーマーを楽々貫通できる。初めて撃ったけど凄い銃ね」
「こりゃ確かに凄いな……、正直舐めてたよ。でもなんでアメリカ軍で配備が始まったばかりの最新兵器がウチに入ったわけ?」
「まぁ間違いなく錠前1佐が頼んだからでしょうね、今の日本政府とアメリカ政府はダンジョン利権でズブズブって聞くし。固いモンスター対策にアメリカが快く譲ってくれたんじゃない?」
「なるほど、じゃあ早速僕にも撃たせてよ」
銃口は向こうに向けたまま交代。
現代銃の取り扱いに慣れていない坂本へ配慮し、久里浜はほぼ密着しながら教えた。
「はい、扱いはMINIMI軽機と同じよ。似た感じで撃てば良いわ。照準器も最新の弾道計算機が付いてるからアンタなら絶対当たる、そんで––––」
銃の説明は当然聞いているが、坂本としてはなんでこいつはこんなに良い匂いがするのだろうと、不思議でならない。
火薬よりも、花のような良い香りが圧倒的に勝っていた。
「ッ……!!」
しかも躊躇なく距離を詰めてくるので、人並みにある胸がグイグイ当たって上手く集中できない。
「聞いてんの?」
「あ、うん……聞いてる」
「はい、あとここがセーフティでー」
この状況でわざと当ててる……は、実銃を扱う身なのであり得ないだろう。
マジで全く気にしてないのか……いずれにせよ、坂本は理性と戦う羽目になる。
「以上よ、他に質問はある?」
「いや、もう大丈夫……大体わかった」
仮にも銃を扱うので、とりあえず思考を仕事に切り替える。
今まで古い銃ばかり使って来たが、時代の先端はここまで来たのかと感心。
グリップを握りしめ、照準器を覗く。
「なんつー親切仕様だ、こんなの外せって方が無理だろ……」
とりあえず発射。
撃ち心地はワイルドながら、とにかく照準器も合わさって精度が尋常ではない。
覗いているサイトが、弾の弾道から標的の距離までを勝手に計算して、確実に当たるよう教えてくれるのだ。
––––バチチチチチッ––––!!!!
坂本が狙った標的は、やはりというか粉々に粉砕された。
「すっげ……、これがあればウチの小隊に不足気味だった火力が補えるな。でも誰が持つんだ?」
「え? 聞いてなかったの?」
「なにをだよ」
不思議がる坂本に、久里浜は特に深い感情もなく言い放った。
「全部合わせて10キロを軽く超える装備よ? 小隊で一番力持ちな”慎也”に決まってるじゃない」
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