第299話・秋山VSサリエル
秋山さんは家庭とかに全く興味ありません。
でも最近は、ベルちゃんに食べさせるお菓子やデザートのことばっか考えてるそうです。
とっても可愛い笑顔でふえふえ言ってるのを見るのが、最近の唯一の楽しみだとか……(四条談)
大天使サリエルは驚愕を隠しきれなかった。
魔力も何も持たない若い女が、まさか自分の全力の剣撃を防ぐとは微塵も思っていなかったからだ……。
「……錠前勉の周囲には、イカれたやつしかいないのかな?」
「わたしをあんな狂人と一緒にしないでもらえる? ただちょっと刃物の扱いに自信がある––––」
刹那だった。
姿勢を低くしながら床を蹴った秋山は、ナイフを逆手に持って肉薄した。
「どこにでもいる美容員だよ」
「ッ!!!」
あまりに鋭い動き。
サリエルはなんとか剣で防ぐが、秋山の猛攻は続いた。
【なんだこの女!?】
【魔力持ってる?】
【持ってたとして、なんでサリエル様と互角なんだよ】
さっきタブレットを落としてしまったので、サリエルは現在自分の視界に視聴者のコメントを流していた。
もちろん、目がカメラの代わりである。
本来であれば、そんな真似をしても余裕で殺せるはずだったが……。
「はっ!!」
蹴りや体術を織り交ぜた斬撃が、嵐のようにサリエルを襲った。
魔力を持たない人間のはずなのに、これほどの実力があるとは完全に想定外。
【サリエル様頑張って!!】
【嘘だろ、なんだよこの動き】
「ッ……!」
秋山の猛攻の一撃一撃にそこまで力は無い。
代わりに、最小限の構えで薄皮を切るようにナイフでえぐって来るのだ。
「ちぃっ!!!」
数度皮膚を切られたサリエルは、剣を振るうことで一旦秋山と距離を取った。
そして、視界に表示していたコメントをオフに切り替える。
「うーん、やっぱ鈍ったかな……学生時代ならとっくに殺せてたんだけど」
ナイフを構え直す秋山に、サリエルは思わず冷や汗をかく。
「絶対ただの美容員とか嘘じゃん……!」
「嘘じゃないよ、わたしはただの民間人。昔の経験が役に立ってるだけ」
「嘘! 絶対嘘!! ガブリエルめ……周囲の奴らなら簡単に殺せるとかぬかしやがって」
武器を構えた両者は、再び激突した。
今度は長身の優位を活かしたサリエルが攻めに回るが、秋山はお世辞にも戦闘用とは言えないナイフで華麗に捌いていた。
––––錠前くんが来るまで凌げば、こっちの勝ちだ。
秋山は殺すつもりで戦っているが、今回は時間がこっちの味方をしている。
サリエルの隠蔽結界を錠前が破れば、一気に決着がつく。
それまで耐え凌げれば、彼女の勝ちだ。
「このアマが!!」
大天使の一撃は、魔力を纏っているので全てが致命傷になる。
周囲の壁や床が、斬撃の余波で破壊されていく。
「人が開店準備してたってのに……!!」
椅子を破壊された秋山は、怒りながらも冷静に反撃。
相手の剣を受け流し、生じた隙を使って脇下や肩を斬り刻んだ。
「ぐぅっ!!」
––––このまま押し切る!!
人間の太い血管が集中する箇所を出血させたことにより、動きが鈍くなったサリエルに秋山は追撃を掛けた。
狙うは心臓。
ここに一撃を叩き込めれば、錠前が来るまでの時間が稼げる。
再びナイフを逆手に持ち、一気に畳みかけようとして––––
「なーんちゃって」
「っ!?」
重傷を与えたはずのサリエルが、持っていた剣で秋山の果物ナイフを弾き飛ばした。
見れば、さっき斬ったばかりの傷がもう治っている。
「僕ら大天使は、全員治癒魔法が使えるんだよね」
一瞬だった。
無防備となった秋山の腹部に、サリエルは強烈な回し蹴りをお見舞いしたのだ。
「がはっ……!」
尋常ではない威力に全身が痺れ、たまらず吐血する。
物を蹴散らして吹っ飛んだ秋山は、そのまま壁に設置されていた鏡に背中から叩きつけられた。
「あ…………」
バラバラに砕け散ったガラスの破片と共に、秋山は座り込むようにして脱力した。
戦闘能力を失った彼女を見下ろしながら、サリエルは微笑む。
「いやー、セーフセーフ。魔法が無かったらこっちが負けてたよ」
「ッ……」
「まだ息があるね、すぐ楽にしてあげるよ」
口から血を垂らした秋山は、自らの怠惰を後悔した。
もし防衛大時代であったなら、さっき確実に殺せていたはず。
それもこれも、数年間一切のトレーニングを怠っていた自分の責任だ。
「終わり……か……」
まだ時間まで2分もある。
体は完全に麻痺してしまっており、指先まで動かない。
これで詰み……、そう確信する秋山に、サリエルは無情にも剣を振り下ろそうとして……。
「な!!」
できなかった。
店の入り口を破って突っ込んできた”ハルバード”が、サリエルの剣を弾いたのだ。
勢いを失ったそれは、また同じ速度で入口まで戻って行って。
「ゲホッ、なん……で」
巨大なハルバードが、持ち主の小さな手に収まった。
秋山とサリエルが見たのは、本来ここにいるはずのない少女。
「お前…………、秋山に何をしているッ……?」
凄まじい慟哭の感情を発した”執行者ベルセリオン”が、そこには立っていた。




