第298話・サリエルの目的
アノマリーとしての莫大な地球産魔力と、魔眼による完全制御。
これらを用いた錠前勉の渾身の一撃が決まり、大天使サリエルはその場に倒れようとして……。
「寝るにはまだ早いんじゃない?」
髪を掴んで、スタンを阻止。
先ほどに近い威力のラッシュが、大天使を連続で襲った。
錠前は確かに魔法の使用が困難だが、通常の魔力操作は全く問題無く行える。
大規模破壊魔法が使えなくとも、彼は未だ“最強”と呼ぶに相応しい力を保持していた。
「そーれ!」
「ブッほッ!!?」
回し蹴りを食らったサリエルが、ドアを突き破って廊下に飛び出る。
「こんなもんか? 天使ってのは」
歩み出てくる錠前に、サリエルもタダでは起き上がらない。
上半身を起こすと同時に、瞳から紫色の熱線を放出した。
殺った!!
そう確信したのも束の間、錠前は不気味に笑い––––
【はぁっ!!?】
【嘘だろ……】
【ありえねえ……】
錠前は右手一本で熱線を受け止めたのだ。
手の平が焼け爛れるも、まるで最初から痛覚が無いかのように振る舞う。
そして、すぐさま肉体反転による再生が開始された。
「昔見た映画を思い出したね、サングラスでも掛けてみたら?」
「くっ……!!」
圧倒的な強者……。
大天使サリエルが抱いたのは、生物としての本能……恐怖そのものだった。
このままでは負ける。
せっかくの配信で、こうも一方的に無様を晒すなど決してあってはならない……!!!
サリエルは両手に全霊の魔力を集めると、またも錠前に至近距離から撃ち放った。
魔法は見事に直撃し、周囲に爆煙を発生させた。
だが、
「意味ないって、さっきから学習能力が……」
無傷で出てきた錠前は、そこで違和感に気づく。
「……どういうことだ?」
目の前にあったのは、大天使サリエルの“死体”だった。
当然錠前は殺すつもりであったが……まだ殺していない。
眼前の死体を見つめながら、彼は1つの結論を導き出した。
「こいつ……、本体じゃないな?」
そう、サリエルは最初から身代わりを使っていたのだ。
魔眼で見抜けなかったのは、変身魔法で上書きして隠していたからだろう。
「結界がある以上……エリア外からの操作は不可能、っとなれば本体は確実に近くにいる」
しばし熟考し、すぐさま結論を出す。
「まさか……、アイツの狙いは」
その時、廊下の奥から事態を察知した自衛官たちがやってきた。
「錠前1佐! 怪我はありますか!?」
「秒で治るから問題ない、それより……非常警戒発令。敵は“駐屯地の中”にいるぞ」
「中!?」
「警務を各場所に向かわせろ、特に民間業者が入っているエリアに人数を回せ。非番の連中もライフルで武装して巡回」
「了解!」
「交戦規定はダンジョン内ROEに従え、目標は即刻射殺。無理そうなら僕が来るまで持ちこたえろ」
警報が駐屯地内に鳴り渡り、武装した自衛官たちが走り回った。
錠前も、落ちていた”タブレット”を拾ってすぐさま机にしまう。
「これは……ステルス系の魔法か? 駐屯地全域にかなりウザめなジャミングが掛けられている。やっぱヤツの得意は諜報任務特化だな、ガブリエルとかいうのとはまた違った天使だ」
一方、大騒ぎとなったユグドラシル駐屯地内において……ある女性が美容室で、開店準備に勤しんでいた。
「なんかマズそうな感じ……、すっごい警報鳴ってるなー」
理容道具の最終点検をしていた秋山美咲は、なにやら只事ではない様子を感じていた。
服装はシャツにジーパンとラフなもので、髪は後ろに括っている。
ベルセリオンやテオドールは大丈夫だろうか、心配なので病室に行こうと思った矢先だった––––
「……はぁ、やっぱり錠前くんの案になんて乗るんじゃなかった」
影が彼女の進路をふさいでいる。
入口に立っていたのは、明らかに自衛官と異なる長身の男だった。
「君だね? 錠前勉の友人っていうのは」
本体として現れた大天使サリエルは、ニッと引き締まった顔で笑う。
「だとしたら何? 錠前くんのこと知ってるの?」
「さっき、僕の記念すべき初ライブをぶち壊してくれた……憎むべきアノマリーさ。落としたタブレットは後で回収するとして……」
大天使サリエルは、右手に白銀の剣を具現化した。
「君を殺せば、錠前勉の精神に多少なりとも打撃が加えられるだろう。悪いがここで死んでくれるかな?」
ものすごくダルそうな顔をした秋山は、次いで呟いた。
「ここにはすぐ警備の自衛官や、君の言う錠前くんがやってくるはずだけど?」
「隠蔽用の魔法結界を張ってある、本来なら1週間効果のあるモノだが……錠前勉の魔眼なら5分で看破してくるだろう。だが」
鋭利な剣を構え、全身に魔力をまとったサリエルが低く呟く。
「君を殺すには十分すぎる時間だ」
地を蹴ったサリエルは、人間離れした速度で秋山に斬り掛かった。
首を狙った一撃は、彼女を切断しようとして––––
––––ギィンッ––––!!!
「!?」
できなかった。
眼前に立っていた秋山は、机に隠していた果物ナイフを取り出し、サリエルの剣撃をいなしていたのだ。
「……なにっ!?」
彼女の防衛大における、ナイフ戦闘の戦績は––––以下の通りである。
vs真島雄二:15戦13勝2敗0引き分け。
vs錠前勉:15戦3勝3敗9引き分け。
「簡単に死にたくないからさ、一応抵抗はするね」
3人の試合は学生時代……錠前の給料でダミーナイフを買った時、せっかくだからと休日に競った時のものらしいです。
一番戦績の悪かった真島が昼食のマックを奢らされました。




