第290話・錠前の提案
「攻勢って……、またどうして急に?」
未だ理解できていない様子の透が、信じられないような提案をしてきた錠前を見つめる。
「いやー僕も悩んだんだけど、ちょっと嫌な予感があって……」
「嫌な予感……?」
「今の僕らは手札が少なすぎる、そこで……この機会だから1ヶ月で“魔法結晶”を大量ゲットしておきたい」
”魔法結晶“。
それはダンジョン内で倒したモンスターからドロップする、未知の素材で出来た物質だ。
効能は確認できている限り、インスタントな魔法の媒体になるということ。
自衛隊は新宿でこれを使うことにより、民間人を守るための結界を張ることができた。
「しかし、本土からの補給も無い状態じゃ……攻勢なんて到底できないのでは?」
「ところがギッチョン、そんな新海の不安を払拭してあげよう」
透と四条が連れられたのは、駐屯地から少し離れた場所にある弾薬庫だった。
距離が居住区から800メートル以上あるのは、もし誘爆した時に被害を抑えるためだ。
「さぁどうぞ」
2人が誘われて中に入ると、当たり前だがそこには弾薬の類いが大量に保管されている。
一歩前に出る形で、錠前が説明を始めた。
「ここはユグドラシル駐屯地建設の初期から作っててね、どう? 広いでしょ」
「まぁ……確かに」
一体今回の話となんの関係があるんだと思った矢先、四条が顎に手を当てた。
「これ……、もしかして全部消費期限ギリギリの弾薬ですか?」
「さすが四条2曹! 大当たりでーす」
陽気な感じで、錠前が5.56ミリ弾の入った弾薬箱を開けた。
「銃弾にも消費期限があるのは承知の通りだ、彼女の言う通り––––ここにはそんな腐りかけの弾がたくさんある」
「えっと……、つまり。1佐はこれを使ってモンスター狩りをしろと?」
「そうそう、駐屯地近辺にはもう湧かないけど……まだまだ第1エリアにはモンスターが大量に出る。特に今は民間のハンターも追い出しちゃったから、僕らしかいないってわけ」
見たところ、広大な弾薬庫内におびただしい量の銃弾や砲弾が置いてある。
これらが全部腐りかけなんて、とても信じられなかった。
「全部でどれくらいあるんですか?」
四条の問いに、錠前が答えた。
「ザッと10億円分くらいかな」
この返しに、さすがの透もドン引く。
「富士の総火演で使う規模じゃないっすか……、なんでこんな大量の弾が腐りかけなんです?」
「良い質問だね、実はここら辺をちょっと甘く見積もっててさ」
ポリマーマガジンを床に叩きながら、彼は喋る。
「最初……防衛省はダンジョンに古い弾薬を優先して入れて、ガンガン消費する予定だったんだ。でもそうはならなかった」
透の脳裏に、ダンジョン第1エリアを攻略したばかりの頃が蘇る。
「そういえば、政府が守勢に回って全然外に出ない時期が2ヶ月ほどありましたね」
「あぁ、おかげで消費予定だった弾薬が溜まりまくっちゃってさ。ご覧の有様だよ」
「一応エリア攻略戦があったじゃないですか、アレで消費できなかったんです?」
疑問符を浮かべた透へ、まさにお前だと言わんばかりに錠前が指差した。
「幸か不幸か……新海がどのエリアのボスも、最短ルートでクリアしちゃったからさ。本隊が撃ちまくる前に作戦が大体終わってる」
「あっ……」
そういうことかと、ようやく納得する鈍感主人公系自衛官。
一方の四条は、そんな透の実績を聞くと改めてどこか嬉しそう……っというか、少しドヤ顔になっていた。
「で、具体的にはどうすれば良いんです? まさか闇雲に撃てば良いってもんでも無いでしょう」
「そうだねぇ……、まぁ言っちゃうと、弾薬の無制限使用許可は第1特務小隊にしか出なかったんだ」
「それは……またどうして?」
「弾薬消費を渋ってた上を脅し……ゴホンッ、話し合いで僕らだけ特別ってことにして貰った」
「今脅しって……」
「言っていない言ってない♪、そういうわけだから……新海たちには配信でもしながら、僕の方で纏めた敵の前線拠点をぶっ叩いてもらいたい」
「敵拠点を叩くのは良いですが、この局面で配信って必要あります……?」
絶賛大ピンチの状況を、国民に知らせるのはどうかと思った透だが、横に立つ四条が5.56ミリ弾を、白く小さな手で触りながら答えた。
「これまで頻繁に配信してきたのに、いきなりそれが不通になったら国民の不安を煽ってしまう……。そういうことですね?」
「相変わらず察しが良い、新海だって好きな配信者……アリアちゃんだっけ? 彼女がいきなり1ヶ月も配信やめたら心配するだろう?」
確かにと頷く透。
自衛隊の配信は、一種の国家的プロパガンダだ。
常に自軍が有利に立っていると伝えられなければ、自国民は当然不安になる。
最悪、米軍の支援も滞る心配があった。
透や四条が行う配信というのは、趣味とかそういう次元ではない。
日本という国の明日を決めかねないほどに、超重要なものなのだ。
だからこそ、現代最強かつイレギュラーな権限を持つ、あの錠前が監督官として働いている。
ようやく気持ちの整理がついた透は、早速奥に置かれていた1つの兵器を指した。
「ダンジョンの敵は堅牢です、あそこにある“12.7ミリM2重機関銃”が欲しいですね」
「もちろん良いよ、本当はメーカー非推奨だけど……LAV(装甲車)の銃座に付けられるよう言っておこう。弾は何発欲しい?」
「まずは20BOX……、2000発もあれば十分でしょう。予備銃身は念の為3本、いけますか?」
「余裕余裕、米国製の弾丸なら買い過ぎて持て余してるくらいだし」
2024年度から、ダンジョン関係無しに防衛費は激増した。
急激な増加に防衛省も消費が追いついておらず、こうした余剰があちこちで出ているのだ。
「あとは5.56ミリを5000発、7.62ミリを1500発ください。拳銃用の9ミリホローポイントも300発は欲しいな。後は……LAM(対戦車ロケット)を10挺程度でしょうか」
「セットで航空支援はいかが?」
「そんなマッ◯のメニューみたいに……。でも、ガーディアンかコブラが飛ばせるんですか?」
「上に話して、AH-64E攻撃ヘリの支援要請パックを貰って来た。アメリカからレーザーデジグネーター(空爆ポイント指定装置)も買ってるし、大丈夫だよ」
本当にこの人が上官で良かったと、透はつくづく思いながらプランを考えていった。
2日後––––第1エリア全域を対象とした、透たちの大攻勢が始まる。
補足:ホローポイント弾は、ダンジョンでのみ使用する目的で輸入されています。




