第289話・封印の代償と、最強の奇策
第1エリアの封印は、当初の予定通りに終了した。
これにより、自衛隊は約1ヶ月の間……補給や撤退が不可能となる。
ここまでは想定内だったのだが、誰も……その本人すら予期できていない事態が起きてしまった。
「おい!! テオ!!!」
「ベルさん!! しっかりしてください!!!」
封印が完了した瞬間、魔法を発動していた2人の執行者。
テオドールとベルセリオンが、意識を失い倒れてしまったのだ。
彼女たちは緊急で生命維持が必要になるレベルで衰弱し、一時は心肺停止寸前までいってしまった……。
一体なにが起こったのだと思われたが、答えは現代最強のアノマリーが暴いた。
「第1エリアは面積で言えば東京都より広い……、それを丸々高強度の結界で覆ったんだ。本人達に掛かる負荷が、こちらの予想を遥かに超えてたっぽいね」
自衛隊は科学や医学について知っていても、まだ魔法についてはほぼ未踏。
最高レベルの結界術を運用した際の負荷を、見誤っていたのだ。
「むしろ死ななかったのが不思議なくらいだね、これも執行者の耐性と……もしかしたら栄養摂ってたおかげか」
適切な医療措置により、2人の執行者はなんとか一命を取り留めた。
加えて、万一に備えてマスターの透と四条に魔力を預けていたため……彼女たちはすぐさま回復傾向に移った。
しかし錠前が魔眼で診断したところ、少なくとも“2週間”は目を覚まさないとのことだった……。
––––ユグドラシル駐屯地 屋上。
夜になり、幽霊騒ぎの起きなくなった駐屯地で……四条エリカは鉄柵にもたれ掛かっていた。
「どうしたよ、珍しく浮かない顔して」
横から冷えたお茶のペットボトルをくっつけて来たのは、隊長にして“恋人”の––––新海透だった。
「あの2人のことか?」
同じく柵にもたれた彼からお茶を貰った四条は、口を潤す程度に含んだ。
「まぁ……はい、もう大丈夫とはわかっていても、やっぱり心配でして」
「そこは俺と一緒か、やっぱ責任持って世話すると決めた子が死にかけると……結構キツいもんがあるよな」
そう言って、エナジードリンクの缶を開ける透。
付きっきりだったのか、どこか寝不足を感じさせる印象だ。
おそらく、眠気を無理矢理カフェインで押さえ付けているのだろう。
だが、四条の方も顔は暗かった。
「えぇ、わたしのミスでした……。ベルさんに掛かる負担を全く考えられていなかった。これでは、秋山さんに見せる顔がありません」
非常に落ち込んだ様子の彼女を見た透は、一口エナドリを飲んでから……。
「あだっ……!」
恋人の額にデコピンした。
「っ……なんですかいきなり」
「マスターが辛気臭くなってちゃ、眷属にも悪い影響が出る。確かに俺ら全員見誤ったところはあるが……あんま落ち込んでると、寝てるベルセリオンが夢に見ちまうかもしれねえぞ」
執行者は強いテレパシー能力を持っているので、マスターの思考を読むことができる。
なので透は、普段から情操教育に悪いことは考えないようにしていた。
「……そうですね、むしろあんな神業を成功させたことを、誇りに思うべきでしょうか」
「衿華は少し気負いすぎなんだよ、もうちょっとアイツらのタフさを信じてやれ」
「そういう透さんは信じ過ぎじゃないですか……? なんというか、最初に会った時からさらにノホホンとしているような」
「ここだけの話、錠前1佐と仕事してると……影響されてこっちも色々イカレるんだよ」
透の困ったような物言いに、ようやく四条が笑みを見せた。
「フフッ、そうやって1佐のせいにしてはいけませんよ?」
「いやいやこれマジだから、なんか楽観的になっちまうんだって。でもまぁ……四条みたいに思い詰めるのが正常だとは思うよ」
「透さんもそうは言いつつ、凄くテオドールさんの心配をしてるじゃないですか。聞きましたよ? 彼女が起きた時のために色々お菓子買い漁ってるって」
「誰に聞いたの?」
「坂本3曹から」
「アイツ1回絞めなきゃダメだな」
飲み干したエナドリ缶を、グシャリと潰す。
そんな透を見た四条は、どこか安堵感が溢れてきていた。
「わたしも、ベルさんが起きた時のために……美味しいジュースを作る練習でもしましょうか」
「俺が教えようか?」
「透さんが? できるんです?」
「ミカンとかグレープを、握力で潰して絞り出す。こう見えて防衛大時代は握力トップだったんだぜ?」
「……聞いたわたしがバカでした」
2人で軽く笑い合う。
どうせしばらくは引き篭もりになって、暇な時間も増えるのだ。
この際だから休暇と思うことにして––––
「やっほー、お2人とも惚気てんねー」
「「っ!!!?」」
全く気配を感じさせず、透たちの傍に1人の男が立っていた。
「良いね青春! 日本の未来は明るいなー」
親指を立てて笑顔を送って来たのは、現代最強の自衛官––––錠前1佐だった。
「なんですかいきなり……、ってか。別に惚気てませんし……」
「照れるなよ新海。まぁ冗談はさておき……2人には通達事項があるから来たんだ」
「通達事項?」
訝しむ透に、錠前は相変わらず軽く続けた。
「そっ、なんていうか……今は過去最大のピンチじゃん? 補給も撤退も不可能。頼みの執行者ちゃん達もダウン。ハッキリ言って守勢が安定だと思うんだけど……」
そこを踏まえて、眼前の狂人はニヘッと笑った。
「ってわけで、これから一気に”攻勢“へ出ようかと思いまーす♪」
透と四条の目が、点になった……。
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