第287話・ユグドラシル駐屯地封印
「“ユグドラシル駐屯地の封印”……、それが君の提案かい? ベルセリオンくん」
––––第1特務小隊監督室。
現代最強たる自衛官……錠前勉の前で、執行者ベルセリオンは落ち着いた口調で続けた。
「えぇ、正体を突き止めない限り……幽霊による実害は永遠に続くわ。本当なら原因療法がしたいところだけど……」
顎に手を当てた少女は、渋々とした様子で呟く。
「出現場所がわからないんじゃ、どうしようも無いから……」
「なるほど、まずは対処療法で時間稼ぎしようというわけか」
「そういうこと」
納得する様子の2人。
だが、その場に居合わせた透と四条、テオドールは内心でまだ困惑していた。
「なぁベルセリオン、封印っつっても……もし実行したら、具体的にはどうなるんだ?」
マスターとして、魔法のことは多少知識がある透でも……さすがに今回のことは不明な点が多すぎた。
それは四条も同じなようで、腕を組みながら答えを知りたそうにしている。
「駐屯地……っというより、この第1エリア全域を巨大な結界で隔離するの。上手くいけば、封印中の幽霊出現は防げる」
この提案に、妹のテオドールも頷いた。
「確かにそれなら……、エリア外からの侵入は完全に防げる。ファントム種はここには本来出現しないはずだし。お姉ちゃん、いつからそんなに賢くなったの?」
「本当失礼な妹ね……、けど敢えて言うなら、わたしでもこれしか案が無いってことにもなる。エリカのおかげで執行者としての能力は多少引き継げたから、封印自体は簡単だと思うわ」
ベルセリオンの言葉に、錠前は当然……1つの疑問を聞いた。
「第1エリアの封印については理解した、僕も結界術なら多少詳しいつもりだ。もちろん……デメリットがあるんだよね?」
「えぇ、当然」
ベルセリオンは、なんの感慨も無く言い放った。
「封印が成功した場合……“第1エリアから外への出入りは実質不可能になる”。簡潔に言うと、日本本土や他のダンジョン区画に誰も行けなくなるわね」
「「ッ!!?」」
この事実に、さすがの透も驚きを隠せなかった。
つまり、ここを封印すれば幽霊騒動は収まるが……代わりに補給や撤退が不可能になるわけだ。
ユグドラシル戦闘団は、絶えず日本本土から補給を受けて戦闘力を維持している。
もしそれができなくなったら、兵站の面で危機的状況となるだろう。
そこで、四条がまず挙手した。
「ベルさん、出入りが不可能なのは有機物と無機物……両方ですか?」
結構な核心を突いた質問に、ベルセリオンが答える。
「えぇ、生物だろうが車だろうが一切通れなくなる。けど……1つわからない部分はある」
「っと、言いますと?」
「あなた達は電波を使って通信するでしょ? エリカは配信がお仕事だしね。封印で物や人の出入りは不可能になるはずだけど……電波とかそこまでミクロな物にまで作用するかは不明なのよ」
この謎に、次は透が疑問を抱いた。
「幽霊だって未確認の粒子の集合体みたいなもんだろ? それを阻むんなら、電波も対象になりそうなもんだが……」
「結界術の基礎に、“断絶対象の選択”というものがあるわ。簡単に言うなら、今回だと魔力やある程度の大きさを持ったモノが対象……電磁波は当て嵌まらない可能性が高い」
それを聞いていた錠前が、背もたれに体重を掛けた。
「彼女の言う通りだ。結界ってのは案外ガバガバでね、決めた仕様以外の部分はわりとザルなんだよ」
「うーん……」
確かに最初新宿で結界を張った時は、“戦闘の意思を持つ者のみ”という条件で結界を確立させられた。
それ以外の人間は、問題なく日常生活を送れている。
そうなると、日本本土との通信はなんとか維持される。
最悪の状態は避けれるだろう。
「っとなれば、封印期間が問題ですか……」
透の問いに、提案者のベルセリオンが返す。
「一度封印を行えば……最短で次に解除できるのは、地球の暦で1ヶ月後になるわね」
1ヶ月……。
つまり、その間は一切の補給無しで過ごさねばならないということだ。
幸い電力や水の供給は、駐屯地内で完結しているので問題無い。
一番厄介なのは––––
「食料と弾薬ですね……」
苦々しい顔をする四条に、透も同意した。
「そこだよなぁ……、俺たちも弾が無くっちゃただの人間なわけだし、当然腹も減る。特に生鮮食品は冷凍したって長持ちはしないしな」
補給が切れた軍隊というのは、一般人が想像するより遥かに脆い。
参考例を出すなら、現在も続いているロシア・ウクライナ戦争だろう。
西側諸国の支援が充実しているウクライナと違い、ロシアはほぼ単独で戦わねばならない。
クルスクなどの最前線では、非常に貧弱な装備で戦っているのが露軍の現状。
あの軍事大国ロシアでさえそうなってしまうのだから、自衛隊だって例外ではないだろう。
ただ、そこは佐官階級で兵站についても勉強済みの錠前が答えた。
「水と電力、通信が確保されるなら……1ヶ月は大した期間じゃない。海自の護衛艦なんて、1度の航海で普通にそれくらい本土を離れるし」
彼いわく、駐屯地には数ヶ月分の備蓄があると言う。
弾薬庫も遠慮なくバカバカ作ったので、連隊が何度か本気で戦闘しても大丈夫らしかった。
「じゃあ僕はその案を、今から駐屯地司令に報告して、統幕に検討してもらうよう掛け合ってくるよ」
錠前がそう言った翌日には、幽霊騒ぎを一時的に防ぐ緊急の手立てとして、ダンジョン第1エリアの封印が決まった。
儀式実行は、執行者テオドールとベルセリオン。
そのマスターである、新海透と四条衿華によって行われた。
––––これより1ヶ月、ユグドラシル戦闘団は補給も撤退も許されない状況となった。
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