第284話・ピュアドール
「わ、わたしのお腹に……坂本の気配? あっ、はは……何を言ってるかわかんないなぁ〜……」
「いえ、微かですが確かに感じます。でもおかしいですね……坂本はここにちゃんといるのに……」
久里浜の柔らかいお腹を、ポンポンと叩くテオドール。
執行者というのは、非常に強いテレパシー能力を持つ。
マスターと親しい関係にある人間のことなどが、彼女にはなんとなくわかるのだ。
つまり––––
「あっ、あわ……ぁあ」
顔を真っ赤にする久里浜と、全力で目を逸らす坂本。
そしてカメラの外で、透と錠前がニッコリとサインする。
……“こっちへおいで”。
「ひっ……!!」
現代日本の英雄と、現代最強の上官に逆らうことはできない。
幸いさっきのテオドールの言葉の直前、四条がタイミングよくフリーBGMを流しており、初動はともかくその後の発言は彼女の緊急音量爆上げで、9割程のリスナーには聞こえていないようだった。
【耳がああああああぁぁぁあああああ!!!!!】
【四条2曹おオオォォオオオオ!!!?】
そのせいで、イヤホンなどをしていた視聴者は多数死んだが……。致し方のない犠牲であるとご令嬢は割り切った。
「皆さん申し訳ありません! 音量は直しました。久里浜士長はちょっと用事があるので席を外しますね、それまではわたしとテオドールさんでお繋ぎします」
久里浜の席に四条が急いで移り、テオドールを膝の上に乗せる。
一方で、カメラの外は空気が一変していた。
「ねぇ、君たち……」
前に並んだ2人を見て、錠前はフッと高校生っぽく笑った。
「マジでヤったの?」
「えー……まぁ、はい」
「わたしが……、誘いました……」
2人の答えに、小隊長の透は頭を抱え……錠前は笑いながら頷いた。
「なるほどなるほど、まぁ最初に言っとくけど––––僕は別にどうこう言うつもりは無いよ?」
「えっ、それって……」
「若人が元気なのは素晴らしいことだからね、今の日本は少子高齢化だから助かるよ。問題は、新海が許してくれるかなー?」
嫌らしく言う上官だが、そこへ透がツッコんだ。
「いや俺もそこは良いですよ、成人の男女がどうこう※※しようが勝手ですし。けど問題は––––」
顔をしかめた透が、パクパクと食事を続ける眷属を見て……。
「アイツが“そういうの”を感知できるって、わかっちまった事だ……」
当然であるが、テオドールの性知識は幼稚園児とほぼ大差ない。
コウノトリが赤ん坊を運んでくると言えば、最初は素直に信じるだろう。
「やっばいのは、さっきみたいな爆弾発言をいつまたするかわからんところ……ですかね」
「まっ、そこだよねぇ。今回はタイミング良く四条2曹がカバーしてくれたけど、次は無いっしょ」
「えぇ、だから今後の小隊の命運を決めるためにも––––」
真顔になった透が、すっかり酔いの覚めた顔で2人を見つめた。
「ここであのピュアピュア無邪気執行者を、なんとか上手く誤魔化す! なんか良い感じに」
「そ、そう上手く行きますか……?」
「今お前らが行っても逆効果だ。マスターとして、俺が責任持って対処する」
ほぼ土下座に近い体勢で、透を見送る坂本と久里浜。
配信を見てみると、やはり事態が少しおかしい事に気づいたリスナーがチラホラ……。
【さっきテオちゃん、なんか言った気がするんだけどなぁ】
【直後の音量爆上げで、よく聞こえんかったがな……】
特に、高いオーディオ機器を使っている人間には、さっきのテオドールの言葉が僅かに聞こえてしまったようだ。
しかし幸いこちらは数が少ないので、無視できる範囲。
坂本と久里浜をカメラの前に戻し、今度は逆にテオドールを連れ出した。
透は一度深呼吸をしてから、テオドールの肩に優しく手を置き、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「テオ、さっきお前が感じた“お腹の中の気配”についてだけど……ちょっと不思議な感覚だったかもしれないな」
彼は保護者らしく優しい笑顔を浮かべ、穏やかな声で続けた。
そして、性的表現を極力排除して、お子様向けの例えを出す。
「テオは知ってるか? 夜空にはたくさんの星があるだろう? でも、その星がどんな風に光っているのか、どうして輝いているのか、全部を知る必要は別に無いんだ。ただ綺麗だなって……そう思って見るだけで十分なんだよ」
「ほえ……?」
彼女は透の話に耳を傾け、金色の瞳でじっと見つめる。
いきなりで不思議そうだったが、意味を汲み取ろうとしていた。
「だから……その、お前が感じる不思議なことや、わからないことがあっても、全部を知る必要はない。あんま深い意味が無い事ことも多いしな」
「ふむ……なるほど、確かに星がなぜ光るのかを気にしたことはありませんね。ただ綺麗だから見ていただけです」
「だろ? だからさっきのはただの勘違い……気にしなくて良いんだ」
「うーん……」
かなり抽象的な問いかけだったが。
テオドールは納得したように頷き、にこりと微笑んだ。
その純粋無垢な笑顔に、透は少しだけ胸を撫で下ろす。
「わかりました。透の言う通り……少し変な勘違いだったのかもしれません」
「そうそう、勘違い勘違い。だからまた何か気になることがあっても、それが意味不明だなーと思ったら、口に出す前に俺に聞いてくれればいい。だから……久里浜については触れないでやってくれ」
「……わかりました透! 眷属として了解です!」
ビシッと敬礼。
透の言葉に安心した様子のテオドールは、楽しそうな足取りで再び食堂へと戻っていった。
その姿を見送りながら、透は小さく息を吐く。
「よし……、これでしばらくは大丈夫だろう」
彼は無垢で好奇心旺盛な彼女にも……、近いうち色々教育が必要だと実感した。
なにせ、今まで侵略だけが人生だった子供……ああいう2000ポンド爆弾発言には今後も気をつけねば。
「上手く行ったかいー?」
傍に寄ってきた錠前が、コップを片手に話しかけた。
「まぁなんとか……、今回は教育を怠っていた俺のミスです。今後はマスターとして、避けてきた部分もやらないとですね」
「まぁさすがにアレは想定外だし、新海もあんま気負うなよ?」
「1佐は……もう知ってたんですか?」
「うん、口に出してなかっただけで知ってはいたさ。こう見えて目……良いから」
自身の魔眼を指差す。
やはり、この男に隠し事はできないなと改めて思う。
配信パーティーに戻る第1特務小隊の面々だが、一方で……少し離れた場所では、かねてより“恐れていた事態”が発生していた。
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