第282話・狂人の娯楽
「アッハッハッハ!! 本当に連携取れてないじゃーん、せっかく国防部がカンペまで用意したってのに……あー可哀想」
––––陸上自衛隊 ユグドラシル駐屯地。
大きな会議室をたった1人で借り切って、4Kプロジェクターを贅沢に投影させながら、現代最強の自衛官––––錠前勉は大笑いしていた。
「仮想敵が外側からハンマーで叩かれ、内側からも粘土のように崩れていく様子は……本当に面白い。こんな喜劇が見れるんだったら、美咲も呼んでお菓子をもっと用意しとくんだった」
紅い魔眼には、大都市で起きる派手な暴動。
合わせて、海外のニュースも『山東』撃沈時の映像を繰り返し流し続けている。
加えて、アメリカがリークした映像には海に漂う韓国軍を、気化爆弾で吹き飛ばすものも。
これが国内外の人道主義者の目に止まり、デモに拍車を掛ける結果となっていた。
「ここにいましたか、探しましたよ……錠前1佐」
扉を開けて部屋に入ってきたのは、端正な好青年を思わせる若い自衛官。
今や日本の英雄となった、新海透3尉だった。
「やぁ新海、君も見てみなよ。本当に隣国は大変そうだ」
「ワールドニュースくらいは見たので、一応は知ってますが……そのポテチとジュースは?」
「エンタメを見るなら欠かせないだろう? 敵国がこうも見事に崩れて行き、混沌の中に突っ込む様子は最高の娯楽だと思わない?」
「生憎と、そこまで思想が偏っていないもので」
隣に息を吐いて座った透は、一緒にプロジェクターを見つめた。
火炎瓶を投げる民衆に、中国の警察が催涙弾で応戦している。
あまり中国事情に詳しくない透でも、あの国が最も恐れていた事態になりつつあるのは理解できた。
「俺は国籍とか関係なく、人間の命の価値が……ドンドン落ちている様子が、見ていてどこか虚しいですね」
「僕は逆だ、敵の命がデフレによって安くなるのは全人類の幸福とすら思ってる。地球の裏側の戦争に、1人1万円くらいで派兵させられるレベルまで安くなれば最高だ」
「相変わらず、イカれてますね」
「ってか新海は“マトモ過ぎ”、そんなんじゃテオドールくんはおろか、四条2曹にも愛想尽かされちゃうよ?」
「四条との関係、1佐には話してないはずですが?」
「僕がこの世で一番信頼してる部下のことを、察していないとでも? まぁ言いふらさないから安心しな」
隣でウザったそうにする透の肩を、錠前は機嫌良く叩いた。
次いで、目を細める。
「でもこの動画を見て……僕みたいな感想を抱かないのは100点だ。人間の価値は普遍かつ恒久的に尊いモノだと考えるのが……一般的には普通だと思うよ」
ポテチを噛み砕き、ジュースを流し込む錠前。
その魔眼には、沈んで行く中国軍の空母が映っていた。
「前に確か言ったよね、僕のことを信頼してくれても良いが……“信仰はするな”と。ちゃんと守ってくれてて嬉しいよ」
「そもそも、俺とあなたじゃタイプが違い過ぎるのでは……」
「ははは! 違いないね」
新海透という男は、なんだかんだ人並みの人生を送って来た。
高校までは進路や学業、恋人との恋愛に悩み、結局は大好きだった配信者の言葉で入隊を決めた。
端的に言えば、どこにでもいる日本人。
彼からすれば、ミサイルで消えていく命を見ながら宴ができる錠前は……とても異質に見えるのだ。
いや、違う……。
現代最強の自衛官たるこの男は、既に最初から一貫している。
––––“中露の粉砕”。
それが錠前の掲げる目標であり、その奥には日本という国と国民を断固として守るという、自衛官としてはある種正常で、けれど歪な感情を持っていた。
「ねぇ新海、1つ頼みがあるんだが……良いかい?」
「なんですか?」
改まっての声に、透は横を向いた。
「もし僕が行き過ぎちゃって、日本に害を……国民に害をなす存在になったら、その時は新海がちゃんと止めてよ?」
「なんですかそれ、そうなったら言われなくても死ぬ気で止めますよ」
「ははっ! なら安心して我が道を邁進できるってもんだ。もっとも……そんな苦労を掛けるつもりは全く無いけどね」
「じゃあ何のために言ったんですか……」
「保険だよ、無能な独裁者は周囲にイエスマンしか作らないからね。1人くらいは僕にNOを言える人材が欲しいんだ」
最後のポテチを食べた錠前が、アルコールティッシュで手を拭いた。
プロジェクターの電源が落とされたのを確認すると、透は部屋の電気をつけた。
「終わったなら行きますよ、もうみんな準備できてるでしょうから」
「あぁ、待たして悪かったね」
「別に、普段から寝ずに仕事している1佐のたまの息抜きです。誰も怒りはしませんよ」
席をしまった2人は、ある場所へ向かった。
そこでは––––“人生で1度のイベント”が開かれようとしていた。
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