第271話・防衛出動
中国とロシアは、端的に言うならば追い込まれていた。
韓国でのミサイル攻撃失敗に続き、東京でのベルセリオン拉致、錠前暗殺作戦も失敗したからだ。
しまいには、外交上最も重い措置であるペルソナ・ノン・グラータまで食らってしまった。
上海や北京の政治家たちは、この問題に冷静な対応を見出すことが出来なくなっていた。
『速報、中国外交部は日本への渡航危険レベルを上昇。危険な紛争地帯のため、在留中国人は速やかに脱出するよう勧告しました』
まずはジャブ代わりの制裁措置である、渡航レベルの引き上げ。
日本人を危険な民族だと国民に思わせることで、反日感情を焚き上げる。
こうすることで、共産党へ向く怒りを日本へ向けるのだ。
今までの日本政府なら、この措置が出された時点で恐れ慄き、こちらに謝罪を申し込む。
北京の政治家たちはみんなそう思っていたが……。
『中国の根拠なき行動に遺憾の意を示すと共に、我が国は在留外国人の安全に細心の注意を払っているものであります。このような振る舞いは到底受け入れられません』
官房長官がカウンターとして発表した声明に、中国は非常に狼狽した。
なぜ日本は中国に逆らうのかと、00年代の時なら向こうが譲歩してきたのに。
まぁ00年代の癖が抜けない国と、ダンジョン出現で全てが変わった日本では話が通じないのも自明。
理解できない中国政府が相手では、もはやエスカレーションも不可避だった。
「日本政府としては、中国およびロシア、そしてダンジョン勢力が行った東京での蛮行に非常に強い言葉でもって非難します。これは今までの信頼を崩しかねない、あまりに非常識な行動だ」
官房長官は続けて言い放った。
「中国、ロシアには先の東京での戦闘における被害。その全てを賠償するよう強く求める。もし応じない場合、我が国は必要に応じた措置を行うものとする」
この従来からは考えられない言葉に、思わず記者が質問した。
「朝川テレビ新聞の加藤です。官房長官、今の言葉は非常に強い脅しを含んでいるような気がしてなりません、そのような言動は中国とロシアを挑発し、さらに事態をエスカレーションさせるだけなのでは」
「既に我が国は十分に譲歩してきました、これは総理も認識している政府全体の判断です」
「太平洋には中国海軍の空母打撃群が展開しているという情報もあります、もし中国を怒らせれば日本では歯が立ちませんよ」
「もし不当な抑圧と軍事力による現状変更に屈すれば、それこそ国際秩序の崩壊を意味します。日本はアメリカに代わり、東アジアのリーダーとして毅然と振舞う義務があるのです」
「妄言にも程がある! アジアのリーダーは紛れもなく中国ですよ、あの国が本気を出したら日本なんて一瞬で制圧される!」
苦言は他の新聞社からも出された。
「毎事新聞の佐々木です、官房長官の発言はまるで中国とロシアが野蛮な国だと言っているように聞こえます。私は仕事で何度か北京に行きましたが、少なくとも日本より紳士的で発展した先進国でした」
「それは貴方という一個人の視点に過ぎません、政府としてはただ行われた行動と事実を非難するのみです」
「日本がこうして何度も挑発するから、中国やロシアは仕方なく自衛行動を取っているのだと思われますが!?」
蜂の巣をつついたように、記者団が大騒ぎする。
しかし官房長官は数人の相手だけすると、サッサと引っ込んでしまった。
この会見を受けた中国も、5時に予定していた会見を繰り上げて開始する。
「日本は越えてはならないレッドラインを明確に越えた、我が国としては誠に遺憾ながら追加の措置と要求を行うしかない」
中国外交官は、いたって真剣に声をマイクへ乗せた。
「日本政府が42時間以内に制裁措置の解除、ならびに要求の撤回を行わない場合––––我が国はダンジョンとの安全保障条約に基づき、”限定的な武力攻撃”を行うものとする。これは法と秩序に基づいた明確な集団的自衛権の行使であり、主権の防衛でもある。我々は同胞を必ず守り抜いて見せる」
この発言を受け、日本政府は国連安全保障理事会に緊急会合を要請。
19時間後には、国連より武力攻撃の中止案が出されたが。
「えー……提出された案は、常任理事国の中国とロシアの拒否権行使により、否決となります」
結局、国連が機能することは無かった。
だがそんなことは、日本政府も当然知って行動している。
「柳防衛大臣、中国海軍の動向は掴めたのかね?」
首相官邸の地下にある危機管理センター内で、時の首相は口を開いた。
「はい総理、アメリカからの情報提供で正確な座標を掴めております」
「限定的な武力措置というのは、おそらくその空母艦隊による本土攻撃だろう……目標はどこだかわかるか?」
「統幕の読みですが、沿岸部のレーダー施設。もしくは横須賀港への直接的なミサイル攻撃が予想されます」
「防空システムの展開はどこまで?」
「PAC3中隊が防衛省に、03式SAM4個中隊が関東沿岸部に展開中です」
「なるほど、それらは想定される中国のミサイルをどの程度防げる?」
「巡行ミサイルから弾道ミサイルまで、カバー圏内なら9割以上。空自のエアカバーも合わされば撃ち漏らしは発生させません」
正面に設置された超大型モニターが、関東とその沖合を映した。
陸地で光るフリップが、さっき言っていた対空ミサイル部隊だろう。
東京湾を囲むような形で、なだらかに展開している。
「艦隊の状況は?」
総理の声に合わせて、モニター画面は千葉県沖の太平洋に移動した。
「護衛艦『かが』を中心とする第1水上戦群が展開中です、中国艦隊との距離は現在200キロ」
再びモニターが動き、赤い輝点が海上に複数現れた。
アメリカの衛星情報を基に、中国軍の空母艦隊を表示しているのだ。
「災害緊急事態の布告は現在も有効。しかし防衛出動の対象は特例でダンジョン関連のみであり、通常発令されているのは海上警備行動のみです。総理、後はあなたの指示で全てが動きます」
柳防衛大臣の言葉を受けて、首相は少し時間を置いてから……ハッキリと答えた。
「……陸海空全自衛隊に防衛出動を発令します。我々の義務は……日本本土に1発もミサイルを降らせないことだ」
部屋全体が赤く点滅し、各職員が一斉に怒鳴った。
「総理による防衛出動が発令された! Mネットによる非情事態通知を全国の自治体に大至急送れッ!! 今すぐだ!!」
「Jアラート発動!! 弾道ミサイル警報をただちに発令、該当エリアには武力攻撃事態の旨を緊急放送!! 早朝だが関係ない! 今すぐ国民に知らせろ!!!」
日本は戦後80年の時を経て、遂に大国との武力衝突を決断した。
担当員の1人が叫ぶ。
「海自艦隊前方、中国海軍との間に艦影多数!! 識別信号を確認––––釜山を出港した”韓国主力艦隊”です!!」
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